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彼岸の時間―“意識”の人類学

著者は、気鋭の文化人類学者。この著者の本を読むのは初めてだ。他に『性・ 死・快楽の起源―進化心理学からみた「私」』(福村出版)があるが未読。

実に刺激の多い本だった。シャーマニズム、葬送儀礼、臨死体験、セックス、瞑想、サイケデリックス‥‥と多岐にわたる話題を扱いながら、地球上の多様な文化における意識の在りようを、示唆に富む新鮮な視点から描く。文化人類学者としての豊富なフィールドワークや知見を縦横に駆使して、変性意識状態と政治権力との 関係が文化によっていかに変化に富むかを見事に描き出す。

狩猟採集社会では、シャーマン的な人物が政治的なリーダーであることも多いが、その権力はたかが知れており、しかも世襲しない。一方、定住的な農耕社会では、祭司宗教が中央集権的な権力と結びつき、超自然的な世界との交流権を独占するが、それは儀式化し形式化する。そして祭司が権力を持つ社会ではシャーマン的な人物はしばしば異端として弾圧される。

全人類が狩猟採集民だった時代には、サイケデリックスの使用と結びついた脱魂型シャーマニズムが地球上に広がっていた。農耕牧畜の開始以降は、徐々に酒の使用と結びついた祭司・霊媒(憑霊型シャーマン)複合型の宗教文化にとって代わられたという。この段階で、宗教が組織化され団体になると、現世的な権力と相性がよくなり、それと結びつく。そして世界の神秘に直接触れようとするシャーマン的な神秘主義者を弾圧する。シャーマニズムは反体制的なサブカルチャーとなり、現世的な権力と結びついた司祭の立場を危うくするからだ。

これは、農耕牧畜以降の多くの社会が、毒性や依存性のほとんどないサイケディックスを危険な薬物として禁止するのに対応している。しかし実は、サイケディックスがわれわれを文化的催眠状態から「覚醒」させる作用を持っており、「自我」 や「国家」という、本当は存在しないものを存在すると思っている意識状態から、われわれを覚醒させる。だから国家によって禁止されるのだという。

中南米の先住民社会は文明を発展させるとともにむしろサイケデリックスの使用を強化し、脱魂型シャーマニズムを発展させたらしい。著者は、アマゾン先住民の社会でサイケデリックス植物のひとつアヤワスカを用いた儀式に参加し、その変性意識状態を体験している。現存する先住民文化や、この大陸の失われた文明の遺跡などから、サイケデリックな意識状態と共存しうる文明のあり方を考えることが重要になると示唆する。サイケデリィックスを瞑想とならぶ意識変容の技法として捉えて、近代的な思考様式に対する新たな可能性を見ているのだ。

著者はまた、ウパニシャッド哲学に基づいて人間のとりうる意識状態をつぎの4種類に分類している。

0 生命活動が停止している状態‥‥「死」
1 生命活動はあるが知覚のない状態‥‥「昏睡」
2 知覚だけがある状態‥‥「夢のない眠り」
3 知覚に気づいている状態‥‥「自我意識」
4 「知覚に気づいている状態」に気づいている状態‥‥「観察する意識」

このうち「第四の意識状態」は、悟りとか覚醒とか言われる状態を指すが、これを踏まえて次のようにいう。「資本主義と科学技術の爛熟した時代の中で、『第四の意識状態』がふたたび宗教という装置の検閲を経ないなまの形で経験される状況が生まれてきている。‥‥ 人類史上、意識の神秘それ自体について語れるようになった初めての時代だといってよい」という指摘は、私がニューエイジ対話でも打ち出していた考えであり、深く共感する。

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