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    2017.03.19 Sunday/ -/ / -/ -/ -/ -/ by スポンサードリンク

週末断食―空腹から見えてくる「空」の思想

著者は、『日本多神教の風土』などの著書のある比較宗教学者である。たまたま一日半ほど断食してみたら気分が変わったことがきっかけで週末断食を始めたという。若き日に年末年始の接心(座禅)で、一日二食の最低限の食事、3時間の睡眠で8日間を過ごしたあと、試みに長い石段を全速力で三往復したが、息ひとつ切れなかった。食べなくとも、いや食べない方がからだはリズムカルに快適に動く、という体験をした。そんな体験も週末断食へのきっかけになったらしい。ただし、毎週やっているわけではないし、本格的な10日間断食などにも挑戦していないから、自分の体験を掘り下げていくという本ではない。その点は期待はずれだった。

しかし、比較宗教学者としてのフィールド・ワークは豊富で、その体験的な取材などを基にして書かれた千日回峰行者の記録や山岳修行者の記録は参考になった。

回峰行者は、一日に40キロ、最長で84キロも山を駆け巡る回峰中も、一日の食事はわずか千五百キロカロリー。内容は、塩茹でのジャガイモ2個、ごま和え豆腐半丁、熱盛りうどん少々。これだけである。便は、3日に一回ぐらい、ウサギのウンチみたいなのがポロリと出るだけだという。これであの超人的な修行をやり遂げるのである。現代栄養学がいかにでたらめかが、実によく分かる。回峰行者は、食べたものを100パーセント近くエネルギー化しているのだ。私たちが日ごろ、あれだけ多くのものを食べるのは、排泄と体に余分なものや毒素を溜め込むためだけに、なのかも知れない。

ガンジーが、しばしば断食を行ったことはよく知られている。著者は自らが断食を行うようになって、ガンジーの『自伝』の読み方が変わったという。私も『自伝』をぜひ読みたいと思った。ガンジーは自伝のなかで、断食は自己抑制という目的に達する手段の一つだが、それがすべてではないと述べながらも「肉体の断食に精神の断食がともなわないとしたら、それは虚偽と不幸に終わることになる」といった。精神の断食は欲望を絶つことである。著者が断食をしている実感からも、肉体の断食と精神の断食は、確実に一体だという。

また著者は、断食によって自分の身体に空間のようなものと感じ、その内面に意識がそそがれたとき、物は少ないより多いほうがよいとか、遅いより早いほうがよいというような価値観がうすれてしまうという。この「空間のようなもの」という感じは、私にはよく分からない。しかし、少なくとも断食が私の求道の精神を刺激することは確かなようだ。

ガンジーは、「わたしの断食はたとえば、目と同じくらいにわたしには必要なのです。目が外の世界にたいするように、断食は内なる世界にたいするものなのです」といったという。たしかに断食は一人の人間の日常生活におけるものの見方、とらえかたを、少しづつ変える力をもっているようだ。私も一日断食をはじめて確実に変わったといえる。

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