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脳内現象:批判的考察

◆『脳内現象 (NHKブックス)』茂木健一郎(2004年)

《まとめ》物質的過程である脳内の活動から、いかにして主観的・唯我論的な意識が生まれてくるのか。唯我論的発想と従来の科学的発想の限界をふまえ、この難問を解くための新理論を探る。素朴な唯我論にも陥らず、数量化できるものだけで構成された客観的な科学的世界観に安住することもなく、暗黙の前提を徹底的に考え直すことで、物質である脳に意識が宿る不思議さを解き明かしたい。12〜15

こうした問題意識をもって進むとすれば、従来の物質科学の枠組みそのものを切り崩していくほかないだろう。「新理論」は、従来の科学の領域のなかのものではなく、その前提を切り崩したとことにしか生まれないだろう。著者は、そこまで突き進む覚悟ができたのだろうか。

《まとめ》心と脳の関係を問うのが難しいのは、問題の本質が、通常の科学が前提にしている「事実それ自体」(説明される必要のない事実)に属するからだ。私たちが、世界を空間として体験するのは当たり前のことだが、その当たり前を問うことによってしか意識のなぞは解明できない。近代科学は、多くのことについて懐疑的な態度をとりながら、〈私〉という不思議を無視してきた。客観的な世界を解明する科学の根本に、〈私〉という主観性がブラックボックスのまま隠されている。意識の科学は、この隠蔽された〈私〉の起源を問うこと、近代科学の出自を問い直すことである。(37・38)

◆科学の前提を問う
晩年のフッサールは、『ヨーロッパ諸科学の危機と超越論的現象学』(1936)において、科学的世界の根底にある生きられる世界を探求し、学の真の意味での基礎付けを試みようとした。

この生きられた世界、生活世界こそが、茂木のいうクオリアの世界、〈私〉という主観性が体験するなまなましい世界なのである。科学によって隠蔽された生活世界に立ち返ることことで科学の起源を明らかにすることがフッサールの課題だったとすれば、それは、ここで茂木が提出している問いと何と似ていることだろうか。

もちろん茂木は、科学の出自・起源を問うと同時に、〈私〉の起源を問うているのである。むしろ、そちらがメインであろう。フッサールの用語でいれば「生活世界」は、いかにして成立するかを、科学の側から説明できないかと問うているのである。ここにフッサールとの違いがある。

しかし、茂木も気づいているように、〈私〉は、科学が科学として自立するためにこそ、故意に忘れ去ったものである。だからこそ、それを問うためには、科学そのものの前提を問い直さなければならないのである。

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