スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

    2017.03.19 Sunday/ -/ / -/ -/ -/ -/ by スポンサードリンク

日本語が世界を平和にするこれだけの理由

◆『日本語が世界を平和にするこれだけの理由

著者の金谷武洋氏は、カナダのモントリオール大学で長年、日本語を教えてきた人。この本は、その経験を随所に散りばめ、中学生でも興味をもって読めるように、やさしく書かれている。欧米語に比べ、日本語がいかに独自の素晴らしさをもっているか、英語を学び始めた若者たちにもそれを知ってもらいたいという、強い思いで書かれたようだ。ここでは、私の関心に重なる限りで、その内容の一部を紹介してみよう。

日本人なら富士山を見て「あ、富士山が見える」と言うだろうが、英語を母国語とする人なら、Oh, I see Mount Fuji. というだろう。この場合、日本語文の主人公は自然(富士山)だが、英語では「私」という人間である。日本人ならその場面の主人公は富士山であり、私のことなど念頭に浮かばない。

日本語の「ありがとう」には話し手も聞き手も、つまり人間が一人も出てこない。これに対し、Thank you は、元は I thank you であり、話し手と聞き手がしっかり登場する。英語は「(誰かが何かを)する言葉」、日本語は「(何らかの状況で)ある言葉」と言えるかもしれない。

日本語の「おはよう」は、「こんなに早いんですねぇ」と心を合わせ、二人で共感する言葉だと言えるが、英語の Good morning は、元々は I wish you good morning.であり、私があなたの朝が良いものであるよう祈るという積極的な「行為」を表現する。つまり「する言葉」なのだ。

両方とも、英語には人間が出てくるのに、日本語には出てこない。日本語の「おはよう」も「ありがとう」も、二人が同じ方向も向いて「視線を合わせ」ながら(「共視」しながら)、一緒に感動、共感しているだけで、文に人間が出てこない。日本語は、共感の言葉、英語は自己主張と対立の言葉であるとも言える。


日本語と、英語に代表される欧米語とは、様々な点でその「発想」が正反対である。たとえば地名についても、日本語では、ある有名人がそこの出身だからと言って、土地にその人の名前をつけるのは非常に珍しいが、英語では、人名が地名になるケースが多いのである(人名→地名)。では人名についてはどうだろうか。日本語は、地名(や地形など場所の特徴)が人名になる(地名→人名)が、英語の名前は、先祖の職業がなんだったかや父親は誰だったかなどによる場合が圧倒的に多い、つまり多くが人間に関係している。日本語の苗字は「先祖がどこに住んでいたか」に注目するが、英語では「先祖がどんな人だったか」が大切なのだ。ここにも、自然に立脚する日本人の発想と、人間に立脚する欧米人の発想との違いがありそうだ。

もし言葉を話す場を、劇の舞台にたとえるなら、英語はそれを演じる役者、「人間に注目」するのに、日本人は人間よりもその周りの舞台や背景、つまり「場所に注目」するのだとも言える。日本語の話者は、自分を強く打ち出すよりも、周りと強調し、「全体の中に自分を合わせていくこと」を目指すことが多い。「全体に溶け込む」ように努力するあまりに、聞き手を直視したり、大きな声で話すことを避けようとする。日本語という言葉そのものの中に「自己主張にブレーキがかかるような仕組み」が潜んでいるのかもしれない。

金谷氏には『日本語に主語はいらない』という本でも主張するように、日本語の基本文では、英仏語などと違い、述語があるだけでりっぱな文になるという。欧米語の発想からすると主語が省略されているように見えるが、実はそうではなく、もともとそれは述語に含まれているのだという。

欧米語、とくに英語は文の組立てに「主語」が不可欠だ。そのためか、英語の話者は聞き手と同じ地平に立たないどころか、自分を含めた状況から身を引き離して上空から見下ろしているようになってしまった。もともと欧米語も自然中心の言葉だったたが、少しずつ人間中心の言語に変化していき、その最先端に英語が位置すると著者はいう。

かつてこのブログで金谷氏の別の本、『日本語は亡びない (ちくま新書)』を紹介した。ここでも、日本語を、英語をモデルとした文法で理解しようとする愚かさが鋭く指摘されている。英語文法は、主語-述語を基本とした人間中心の構造をもつ。英語の話者は、他との関係で自分を捉えるのではなく、状況から独立した絶対的な私(主語)を中心に考える傾向が強くなる。それに対して、日本語文法は、自然や状況中心の文法であり、英文法モデルで分析するには無理がある。むしろ、混迷する世界の救える思想が日本語には含まれており、だからこそ日本語の脱英文法化が急がれなければならないという。日本語だけでなむ、日本文化全般への著者の愛情を感じさせる本だった。

では、日本語はなぜそのような特徴を持つのか。著者は、その理由を語っていない。しかし私には、その理由が、このブログで語、日本文化のユニークさ8項目のうち、とくに一番目に深く関係していると思われる。

(1)漁撈・狩猟・採集を基本とした縄文文化の記憶が、現代に至るまで消滅せず日本人の心や文化の基層として生き続けている。「縄文時代の環境に影響されているのではないか。

日本列島に生活した私たちの祖先は、定住段階に入ったにもかかわらず、狩猟・採集・漁撈を核とする生活を営み、森におおわれた大地と豊かな海との生態系に深く依存していた。新石器文化としては特異な、前農耕社会でありながら独自の土器を伴う質の高い生活形態を驚くほど長期にわたって保ち続けていたのだ。およそ1万年も続いたその生活スタイルの記憶や影響が現代の私たちに残っていないとする方が不自然であろう。しかもそういう環境の中で生まれたであろう縄文語が、おそらく現代日本語の基盤となって、私たちの発想法に影響を与えているのだ。

縄文人は、一定の植物栽培を行っていたとしても、それは周囲の自然を根本から大きく変えるものではなかった。森におおわれた豊かな自然そのものが彼らの生活を支えていた。周囲の自然を荒らさず大切に守り、そこから許されるだけの恵みを得ることで、自分たちの永続的な生存が保障される。それほど密接な関係にある周囲の自然を、限度を超えて勝手に荒らせば、自分たちの生存が脅かされることを縄文人はいやというほど知っていた。彼らは、木や草や川や森や様々な生き物を自分たちと同格の存在、あるいはそれ以上の神聖な存在と感じ、その怒りに触れることを恐れた。こうして彼らは、周囲の自然の背後に、一切の生あるものを生み出す地母神や様々な精霊を感じ、その恵みに抱かれて生きていることを実感し、感謝しただろう。だとすれば、命あるものを限りなく生み出す「母なる自然」への縄文人の祈りや信仰は、農耕民よりももっと強かったと考えるのが自然だ。

そのような縄文人の生き方からは「人間中心」の発想は出てくるはずがない。自然に依拠し、周囲の自然を敬いながら生きた縄文人の世界観は、おのずとその言語にも反映される。一万年以上の年月の中で形成されたであろう縄文語は、他の縄文文化と同様に次の時代へと引き継がれていった。その世界観が現代日本語にも反映されているのだ。

以上に関連する記事は下に示したが、とくに★日本文化のユニークさ19:縄文語の心(続き)を読んでいただければ幸いである。

《関連記事》
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本文化のユニークさ29:母性原理の意味
日本文化のユニークさ36:母性原理と父性原理
ユダヤ人と日本文化のユニークさ07
太古の母性原理を残す国:母性社会日本01
日本文化のユニークさ03:縄文文化の名残り
日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化
日本文化のユニークさ17:現代人の中の縄文残滓
日本文化のユニークさ18:縄文語の心
日本文化のユニークさ19:縄文語の心(続き)
日本文化のユニークさ27:なぜ縄文文化は消えなかった?
日本文化のユニークさ28:縄文人は稲作を選んだ
日本文化のユニークさ30:縄文人と森の恵み
日本文化のユニークさ31:平等社会の基盤
日本文化のユニークさ32:縄文の蛇信仰(1)
日本文化のユニークさ33:縄文の蛇信仰(2)
日本文化のユニークさ34:縄文の蛇信仰(3)

JUGEMテーマ:オススメの本

父性的宗教 母性的宗教

評価:
松本 滋
東京大学出版会
コメント:父性的宗教 母性的宗教

★『父性的宗教 母性的宗教 (UP選書)
すでに多くの論者が指摘してきたように、日本の文化的宗教的伝統はどちらかと言えば母性的な性格が強いのが特徴だ。それは、「あるべきものより、あるがままのものを、規範的な分離よりも自然的なつながりを、自律的な個性よりも包容的な共同体を強調する傾向」が強い。

世界観の類型には「遊牧文化型」と「農耕文化型」などの分け方がある。著者は、宗教学者として「父性的宗教」と「母性的宗教」という語を用いることで、文化類型の根底にある人間心理の深層にまで掘り下げて考えたいという。それは、比較文化論と宗教心理学を結びつける試みであり、またそこから日本文化の諸問題を分析する手がかりを提示する試みでもある。

母性的な宗教は母性原理に基づいた宗教である。それは人間心理の初期の発達段階、自他が分離せず母や母に代表される世界との一体性の状態に関係する。それはまた人間の原初的な自然、そこに生まれて在る故郷(ふるさと)、あるいは大地に根ざし、無条件の包容性、寛容性を特色とする。そこでは、神が強力な権威をもって人々を特定の目標へ導くというより、共同体の緊張をゆるめ、調和統合をはかる。その自然的な共同体そのものが母性的なものといえよう。

これに対し父性的宗教は、父親の登場によって原初的な母親的世界との分離が決定的となるエディプス期に特に関係するという。父親に対する愛憎のなかで子どもは、父親の権威を超自我として内面化する。それは父親に代表される社会の規範の内面化でもある。こうした原理と結びついた父性的宗教において神は、しばしば強力な権威をもった支配者・超越者として描かれる。

母性的宗教・父性的宗教の違いは、価値的な優劣を意味せず、一種の理念型であり、現実の宗教は両要素がさまざまに交じり合い融合している。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は父性的な性格が強く、母性性を抑圧する傾向があるが、カトリックのマリア信仰は母性的な性格を示す。中国の儒教は父性的な要素が強いが、道教は母性的な要素が強く、民衆に広く支持された。もちろん儒教と道教はたがいに影響し合っている。人間の成長の過程で母性的な要素も父性的な要素もともに大切であるのと同じように、人間の宗教・文化にも二つの要素があり、ともに重要な働きをなしているだろう。

著者は縄文時代の宗教には言及していない。しかし私自身の観点から言えば、縄文時代という農耕以前の豊かな自然社会を1万年も経験し、その記憶を断絶なく現代にまで受け継いできた日本人は、母性的な傾向の強い文化のなかに生きている。しかし西欧から取り入れた近代科学や近代社会の原理は、父性的な性格を強く帯びている。そして現代の世界を全体として見れば、父性原理の文明がもつ負の面がかなり色濃く出てきているといえよう。そんな時、私たちは私たちの文化のなかに流れている母性的な一面をしっかりと捉えなおし、現代社会のなかでのその意味を問うことがますます重要になっている。

《関連記事》
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本文化のユニークさ29:母性原理の意味
日本文化のユニークさ36:母性原理と父性原理
ユダヤ人と日本文化のユニークさ07
太古の母性原理を残す国:母性社会日本01
日本文化のユニークさ03:縄文文化の名残り
日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化
日本文化のユニークさ17:現代人の中の縄文残滓
日本文化のユニークさ18:縄文語の心
日本文化のユニークさ19:縄文語の心(続き)
日本文化のユニークさ27:なぜ縄文文化は消えなかった?
日本文化のユニークさ28:縄文人は稲作を選んだ
日本文化のユニークさ30:縄文人と森の恵み
日本文化のユニークさ31:平等社会の基盤
日本文化のユニークさ32:縄文の蛇信仰(1)
日本文化のユニークさ33:縄文の蛇信仰(2)
日本文化のユニークさ34:縄文の蛇信仰(3)

JUGEMテーマ:オススメの本

月と蛇と縄文人

★『月と蛇と縄文人―シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観
今年刊行された新鮮な論考。著者・大島直行氏は考古学者であるが、物質的・技術的研究しかしない従来の考古学の枠を飛び出して、縄文人の精神性に迫ろうとする。彼が取り入れた手法は、ユング心理学の「普遍的無意識と原型(グレートマザー)」、宗教学の「イメージとシンボル」、そして修辞学の「レトリック」などである。これら人文科学の成果を取り入れながら「神話的思考に基づく縄文世界」に分け入る試みが本書である。

著者はドイツ人の日本学者ナウマンにならって縄文人の象徴の中核に月があるという。縄文人にとって、満ち欠けを繰り返す月は幾多の死を超えてよみがえる再生の象徴であり、畏敬の対象だった。さらに脱皮を重ねる蛇も、土偶の身ごもる女性も「死と再生」の象徴であった。身ごもりが月からもたらされる「水」(精液)によることを世界中の神話が伝えている。日本の土偶にも「月の水」が涙や鼻水やよだれとして表現されているという。著者は、こうしたシンボリズムをさらに広げて、縄文土器や竪穴式住居やストーンサークルなど多くの遺物の特徴は、縄文人が「不死」「再生」への願いを表現したものとして説明できる主張する。

縄文人の円形の住居や墓、ストーンサークル、さらに貝塚も子宮のシンボライズであった。子宮は、縄文人にとっても、自分が生まれた場所であり、死から甦る再生の場所でもあった。また子宮をもつ女性の生理は、月の運行周期と同じであり、その月もまた「死と再生」を象徴していた。母なる子宮を象徴とする「死と再生」は、ユングのいうグレートマザーという元型と深く結びついており、それは人類の古層の記憶、普遍的無意識につらなるという。

縄文の遺物を、月・蛇・子宮などのシンボリズムで読み解く試みは従来の考古学にとってはかなり挑戦的だろう。しかしこれもまたこれまでなされてきた解釈のうちの一つであり、飛び抜けて説得力があるとは思えなかった。私にとっては、縄文文化を母性原理との関連でとらえるうえで、大いに参考になったのは確かだが。ひとつだけ気になるのは、縄文人の信仰を「死と再生」の観点だけからとらえるのは一面的ではないかということ。縄文人が豊かな恵みをもたらす母なる大地によって生かされ、それに感謝したという信仰の側面を無視することはできないのではないかということだ。

《関連記事》
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本文化のユニークさ29:母性原理の意味
日本文化のユニークさ36:母性原理と父性原理
ユダヤ人と日本文化のユニークさ07
太古の母性原理を残す国:母性社会日本01
日本文化のユニークさ03:縄文文化の名残り
日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化
日本文化のユニークさ17:現代人の中の縄文残滓
日本文化のユニークさ18:縄文語の心
日本文化のユニークさ19:縄文語の心(続き)
日本文化のユニークさ27:なぜ縄文文化は消えなかった?
日本文化のユニークさ28:縄文人は稲作を選んだ
日本文化のユニークさ30:縄文人と森の恵み
日本文化のユニークさ31:平等社会の基盤
日本文化のユニークさ32:縄文の蛇信仰(1)
日本文化のユニークさ33:縄文の蛇信仰(2)
日本文化のユニークさ34:縄文の蛇信仰(3)

JUGEMテーマ:オススメの本

よみがえる縄文の女神

◆『よみがえる縄文の女神

このブログでは、母性原理的な傾向の強い縄文文化が、現代日本の文化や社会にまで深い部分で影響をあたえているという立場から、これまでにもいろいろと書いてきた。とくに日本文化のユニークさ8項目との関連で触れてきた。カテゴリー「母性社会日本」の項などを参照いただきたい。

(2)文化を父性的な性格の強い文化と母性的な性格の強い文化とに分けるなら、日本は縄文時代から現代にいたるまでほぼ母性原理が優位にたつ社会と文化を存続させてきた。(文言は、前半部分を変更した)

このテーマに沿って検討してきたが、ただ、縄文文化が母性的な性格の強い文化であるとどうして言えるのかという点について、それほどしっかりとした論拠をもって語ってきたわけではない。縄文時代は文字が残っていないので、縄文人の心や信仰を探る材料は、土偶や土器などの遺物に頼るほかないからだ。

しかし最近、土器の精緻な分類だけにとどまらず、総合的な視野から縄文人の精神性に迫ろうとする考古学者の研究が見られるようになった。その一つが渡辺誠氏の『よみがえる縄文の女神』であり、大島直行氏の『月と蛇と縄文人―シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観』である。今回は、前者を取り上げてみたい。

著者は「弥生時代の米づくり文化を築く土台となった縄文文化には、自然との共生で培った高度な技術と多様な生活様式、そしてそれらを支える輪廻の思想、死と再生の祈りやいのちを尊ぶ女神信仰が確かに存在した」という立場から、その精神文化のエッセンスが記紀神話へと引き継がれていったと主張する。

この主張は、著者自身の研究や先行する研究者たちの業績からたどりついたものであり、以下がその要点である。

1)貝塚は、ミ捨て場ではなく、人も動物も再生して豊かな恵みをもたらすことを祈る、魂(たま)送りの場である。
2)土偶は、女性の出産能力に象徴される女神の霊力を宿す。その多くはあらかじめ壊すことを目的につくられ、新たな生命の復活とムラの甦りのために、意図的にバラバラにして葬られた。
3)埋甕(うめがめ)は、甕に入れた死産児を竪穴住居の入口下に埋葬し、いつもそこをまたいで通る母親の胎内に再生することを願った風習である。
4)人面・土偶装飾付土器は、女神の顔または身体を口縁部にもち、土器の本体は女神の身体を意味する。つまり自身を焼いて生み出された食べ物が新しい命であり、日本神話のイザナミやオオゲツヒメの姿を連想させる。

最後の4)については写真を見てほしい。これは「顔面把手付土器」とよばれる深鉢だが、この土器で調理された食物は、女神像の内部からの贈り物を意味しただろう。とすればこの土器は、その体内から貴重な食物を無限に生み出し続ける地母、つまり「母なる自然」そのものであり、縄文人の地母信仰の端的な表現と見ることができる。

さて大地を母とし、農耕を生殖活動と同じとみなす世界観は、農耕民の原始宗教には広く見られる。世界に広く出土する土偶も、豊饒な母なる大地をあらわす地母神である。それは多産、肥沃、豊穣をもたらす生命の根源でもある。地母神への信仰は、アニミズム的、多神教的世界観と一体をなす。また地母神信仰は蛇信仰とも深く結びついている。

一般的に言って、豊かな森の恵みや大地の豊饒性に根ざす世界では女神が信仰されるといえよう。メソポタミアの各地でも、起源が同一とみられる一連の地母神(イシュタル、イナンナなど)が信仰された。エジプトでは豊かなナイルの土壌をあらわす女神イシスが最も広く信仰され、ギリシアでは、地母神であり、大地の象徴であり、世界と神々の母であるガイアが君臨した。

しかし、紀元前1200年頃の大きな気候変動があり、北緯35度以南のイスラエルやその周辺は乾燥化した。その結果、35度以北のアナトリア(トルコ半島)やギリシアでは多神教や蛇信仰が残ったが、イスラエルなどでは大地の豊饒性に陰りが現れ、多神教に変わって一神教が誕生する契機となったという。(安田喜憲『蛇と十字架』1994年、人文書院)

これは、大地の豊饒性の低下の中で、信仰の中心が大地から天へと移動し、宗教の性格も母性的なものから父性的なものへと転換したことを意味する。父性的な宗教の典型がヤーウェを唯一神として信仰するユダヤ教である。やがてユダヤ教からキリスト教が生まれてヨーロッパ世界に広がり、さらに遅れて、先行する二つの一神教に刺激されながら西アジアでイスラム教というもう一つの一神教が成立するのである。

ところで日本列島は、世界的な気候変動にもかかわらず大地の豊饒性はそれほど変化しなかった。降水量に恵まれた風土は、森林の成育にとって好条件となり、温帯地域としはめずらしい程の豊かな森に恵まれた環境が維持された。それは豊かな「森の列島」であった。この好条件ゆえ、狩猟・漁撈・採集を中心にした縄文文化を高度に発達させながら長く存続させることができた。この豊かな森の中で、その恩恵をたっぷりと受けて育まれたのが縄文文化であった。縄文人の宗教的な世界も、豊かな自然に根差した母性的な性格を失わなかった。いや、ある意味で縄文人の宗教世界は、農耕民以上に母性的な性格をもっていたのではないかと推測できる。農耕には、自然に働きかけて変えようとする強力な意志が含まれるが、縄文人はありのままの自然に依存する傾向がより強いからである。

こうしていのちの宝庫である豊かな森は、縄文人によって様々な遺物に表現され、母なる自然への彼らの信仰を現代に伝えてくれるのである。旧大陸のほとんどの地域が農耕社会にはいり、イスラエルとその周辺地域から父性原理的な一神教が広がっていくなか、日本列島に住む人々は1万年の長きに渡って、豊饒な大地と森の恵み、豊かな海の幸に依存する高度な自然採集社会を営んだ。その宗教生活は、「母なる自然」を信じ祈る、きわめて母性的な色彩の濃いものであった。その独特の生活形態と自然観、自然との関係の仕方は、農耕社会以降の日本の歴史の4倍から5倍も長く保たれ続けたため、その後の日本人にとっては消し難い「文化の祖形」となったのである。

《参考図書》
森のこころと文明 (NHKライブラリー)
一神教の闇―アニミズムの復権 (ちくま新書)
森を守る文明・支配する文明 (PHP新書)

《関連記事》
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本文化のユニークさ29:母性原理の意味
日本文化のユニークさ36:母性原理と父性原理
ユダヤ人と日本文化のユニークさ07
太古の母性原理を残す国:母性社会日本01
日本文化のユニークさ03:縄文文化の名残り
日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化
日本文化のユニークさ17:現代人の中の縄文残滓
日本文化のユニークさ18:縄文語の心
日本文化のユニークさ19:縄文語の心(続き)
日本文化のユニークさ27:なぜ縄文文化は消えなかった?
日本文化のユニークさ28:縄文人は稲作を選んだ
日本文化のユニークさ30:縄文人と森の恵み
日本文化のユニークさ31:平等社会の基盤
日本文化のユニークさ32:縄文の蛇信仰(1)
日本文化のユニークさ33:縄文の蛇信仰(2)
日本文化のユニークさ34:縄文の蛇信仰(3)

風土―人間学的考察4

◆『風土―人間学的考察 (岩波文庫)

今回は再び和辻「風土」論に戻って、モンスーン、砂漠、牧場という三類型のうち、ヨーロッパの「牧場」的風土をどのように論じているかを紹介したい。そこから日本の風土と文化をどう見るかという問題に立ち返るつもりである。

和辻は初めてヨーロッパを訪れたとき、そこに「雑草がない」という事実に驚き、それを一種の啓示としてヨーロッパ的風土の特性をつかみ始めたという。ヨーロッパの風土は「湿潤と乾燥との総合」というべきものである。モンスーン地域と違い、夏は乾燥期であるが、砂漠地域ほど乾燥してはいない。そして冬は雨季であり、夏と冬のこの特性は、南北の気候の違いを超えてヨーロッパに共通している。

そして夏の乾燥が、ヨーロッパを「牧場」的な風土にしている。夏の乾燥は雑草を繁殖させる湿気を欠いており、それが冬の湿潤と相俟って全土を牧場にしてしまうのだ。秋には穏やかな雨に恵まれて、暑さを必要としない冬草の類が柔らかに芽生えてくる。野原にのみでなく、岩山の岩の間にさえもこういう柔らかい冬草が育つ、つまり「牧場」化するのだ。日本の農業では夏の草取りが最重要の労働になるが、ヨーロッパでは雑草との戦いが不要だという。一度開墾された農地は「従順な土地」として人間に従うので、農業労働には自然との戦いという契機が欠けている。

さらにヨーロッパでは、風は一般にきわめて弱く、その弱さは樹木に端正で、規則正しい形を与えるという。不規則な形の樹木を見慣れてた私たちには、その規則正しい形が人工的にさえ見え、さらにはきわめて合理的であるという感じすら与える。 規則正しい形は日本では人工的にしか作りだせないが、ヨーロッパではそれは植物の自然な形なのである。一方、日本では不規則こそ自然な形である。そしてこのような違いは結局、風の強弱によるのである。暴風の少ないところでは木の形が合理的になる。すなわちそこでは自然は合理的な姿で現れるのだという。

自然が従順であることは、自然が合理的で、自然の中から容易に規則を見出す事ができるということだ。そしてこの規則にしたがって自然に対すると、自然はますます従順になる。こうし和辻は「このことが人間をしてさらに自然の中に規則を探求せしめるのである。かく見ればヨーロッパの自然科学がまさしく牧場的風土の産物である事も容易に理解する事ができるであろう」と主張する。

ところで、上に示されたような夏と冬の特徴はヨーロッパにほぼ共通だが、地中海沿岸の南欧と西欧とではもちろん違いもある。西欧は、南欧ほど太陽の光が豊かではなく、冬の寒さも厳しい。和辻は、南欧と違う西欧の特徴を、たとえば日光の乏しい陰鬱さとして論じている。陰鬱な曇りの日には、すべてはもうろうとして輪郭を明らかにせず、それは同時にまた無限の深さへの指標である。そこに内面性への力強い沈潜が引き起こされる。主観性の強調や精神の力説はそこから出てくるのであるという。

ともあれ、西欧のこのように温順な自然は、人間にとって都合のよいものである。そこはかつて恐ろしい森におおわれていたかもしれぬが、一度開墾され、人間の支配下に置かれると、もう人間に背かない従順な自然となった。実際西欧の土地は人間に徹底的に征服されていると言ってよい。

これに対し日本の国土は急峻な山地が多いこともあって人間の支配を受けにくい。日本人はただ国土のわずかな部分のみを極度に利用して生きている。そのわずかな部分も決して温順な自然とはいえない。それは隙さえあれば人間の支配を脱しようとする。この事が日本の農人に世界中で最も優れた「技術」を与えた。しかし日本人はこの「技術」のなかから自然の認識を取り出す事ができなかった。そこから生まれてきたものは「理論」ではなくして芭蕉に代表されるような「芸術」であった。

一方、西欧の従順な自然からは比較的容易に法則が見出される。そして法則の発見は自然をいっそう従順にさせる。このようなことは突発的に人間に襲い掛かる自然に対しては容易でなかった。そこで一方にはあくまでも法則を求めて精進する傾向が生まれ、他方には運を天に委ねるようなあきらめの傾向が支配する。それが合理化の精神を栄えしめるか否かとの分かれ道であったという。

さて、以上のような和辻の論は、モンスーン的風土の湿潤性が、人間を受容的・忍従的にするという論に比べると説得力があるように思われる。自然が規則的であればそこに法則を見つけやすいことは当然だからである。なぜ西欧において近代科学が生まれたのかという問いは、多くの人々が問うてきた大問題であり、それを一神教と結びつけて理解しようとする説もある。いくら絶対唯一の神を信じようと、現実は過酷であり、人間は不可解な神の意志に翻弄さえる。その計り知れない神の意志を少しでも知りたいという願望が、自然や社会の法則性を探る努力につながっていったというのである。西欧の自然が比較的に従順で規則的だったために、その努力が結果を生み出しやすかったのかもしれない。

西洋史学者の会田雄次は『合理主義―ヨーロッパと日本 』で、和辻の風土論を発展させるような形で、西欧に合理主義や近代科学が生まれた背景を探り、さらに日本ではなぜ西欧の近代科学をいち早く取り入れることが出来たのかを問題にしている。次回は会田雄次の論を追いながら考えていきたい。

《関連図書》
人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス)
山の霊力 (講談社選書メチエ)
日本人はなぜ日本を愛せないのか (新潮選書)
森林の思考・砂漠の思考 (NHKブックス 312)
母性社会日本の病理 (講談社+α文庫)
日本人とユダヤ人 (角川文庫ソフィア)
アーロン収容所 (中公文庫)
肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公文庫)
日本人の価値観―「生命本位」の再発見

JUGEMテーマ:オススメの本

風土―人間学的考察3・ 砂の文明 石の文明 泥の文明

前回まで和辻哲郎の『風土―人間学的考察 (岩波文庫)』を読みつつ、若干の批判を加えた。この本については後にまた触れるつもりだが、今回は以下の本に触れなが話を進めたい。

◆『砂の文明 石の文明 泥の文明

この本で著者・松本健一氏は、「泥」の風土で農耕を生業とすることで「泥の文明」が生まれ、「石」の風土で牧畜を生業とすることで「石の文明」が生まれ、「砂」の不毛な砂漠を隊商をくんで生活する民が「砂の文明」を生んだとする。これらはそれぞれ和辻のいう「モンスーン」、「牧場」、「沙漠」という、風土の三つの類型に対応するであろう。

泥の文明は、泥土が多くの生命を生むという事実のうえに成り立つという。生命がたくさん生まれるということは、「畏(かしこ)きもの」(本居宣長)としてのカミ(神)がたくさん生まれてくるということである。ここでいうカミとは、ゴッドではなく小さくとも人間を超えるような力をもつといいう意味で「畏きもの」である。天然の恵みもそうだが、病気や天災もそうである。人間の力を超えるものはすべてカミなのである。

一方、砂漠の砂は生命力を含まない。むしろ生命を排除する。水を含まず粒状でバラバラの砂の中に生物が棲むことはできず、植物がその中に根を下ろすこともできない。石の場合はどうか。全体が固定され場所によって薄い表土があるから植物は育つ。しかし石もあまり生命力は含まない。堅い岩を砕いて開発することで何とか植物を育てることができる。

こうした違いに対応して、著者は「泥の文明」の本質を「内部に蓄積する力」と捉える。「砂の文明」の本質は「ネットワークする力」であり、「石の文明」の本質は「外に進出する力」であるという。ちなみに安田善憲氏は、松本氏との対談(『対論 文明の風土を問う―泥の文明・稲作漁撈文明が地球を救う』)の中で、これらを生業のあり方からそれぞれ「稲作漁撈文明」、「遊牧文明」、「畑作牧畜文明」に対応するとし、それぞれの文明の背後にある特徴を「持続型」、「交渉型」、「拡大型」と捉えなおしてる。以下、この対談の内容も参考にしながら見ていこう。

さて「泥の文明」の本質である「内部に蓄積する力」とはどのようなものだろうか。この本では「石の文明」の本質である「外に進出する力」との比較で考えられているので、まずは「石の文明」に触れる必要があるだろう。「砂の文明」については後に触れる機会があると思う。

あらゆる宗教には、裁く神と赦す神の両面がある。それは父性原理と母性原の違いに対応する。キリスト教も、ユダヤ教から裁く神を受け継ぐが、キリストはその両面をもち、マリアは赦しのイメージが強い。この二面性は、とくに自然が豊饒な南欧のカトリックの国々で顕著である。一方、北欧や西欧に広がったプロテスタントの国々には、マリア信仰はない。父性原理の面が強いのである。これらの国々で利潤を生むものは自然の豊饒ではなく、労働である。プロテスタントでは、労働によって得られた富や利潤は労働の正当な対価として人間の手に入る。

自然が南欧ほど豊饒ではない北欧や西欧では、牧場が広がっていても、その表土はきわめて少なく、牧草ぐらいの根の浅いものしか育たないという。表土の下はすぐ石や岩盤であり、そこで可能な産業は牧畜ぐらいなのだ。しかも牛100頭ぐらいの牧畜では一家をやっと養えるくらいだという。牧畜を産業とするにはかなり広大な規模の牧草地が必要となる。しかもその産業を発展させようと思えば、牧草地を拡大していかなければならない。こうして北フランスやイギリスなど石の風土に成立した牧畜業は、不断に新しい土地を外に拡大する動きを生むという。これが、いわゆるフロンティア運動を生み、アメリカ、アフリカ、アジアへの植民地獲得競争を激化させた。つまり西欧に成立し、アメリカで加速されるフロンティア・スピリットは、牧畜を主産業とするヨーロッパ近代文明の「外に進出する力」を原動力としていたというのだ。

近現代の世界史は、西欧による世界征服、世界の植民地化の歴史とってもよく、なぜそのような歴史が展開したかを探ることは世界史の最重要のテーマといってもよい。上に挙げたのはその解釈のひとつであるが、もちろんこの問題については様々な取り組みがなされている。次回以降、和辻の風土論にも触れながら、その一端を紹介していくつもりである。

とりあえず、「石の文明」の「外に進出する力」に対して、「泥の文明」の「内部に蓄積する力」とは何かというテーマに移ろう。西欧では、拠点としての農村都市があり、そこを中心に牧畜のためのテリトリーを拡大し、次々にフロンティアを探していく。しかし「泥の文明」に根ざす農耕は基本的に定住し、そこで富を蓄積するかたちになる。ひとつの田、ひとつの村の内側でどれだけ富を蓄積していくかに力を尽くす。

また「畑作牧畜文明」地帯での麦作は、麦を蒔いて、麦踏みをし、刈入れする程度で農作業が単純であるため、奴隷を酷使し農耕地の面積を広げていけば生産性が上がった。そのため森林を一方的に破壊して農耕地を広げ、家畜の頭数を増やしていった。これに対して水田稲作農業は、作業工程がはるかに複雑で、種籾選びや苗代作り、田植え、水の交換など、蓄積された高度な技術が必要である。だから稲作は、生産意欲のない奴隷には任せられない。

そこでの技術革新とは、生産力を高めるための品種改良、品質管理、あるいは家の維持のための貯蓄、教育水準の高さ、さらには村(共同体)の繁栄のための相互扶助的な経済システムといった分野で発揮される。これが「内部に蓄積する力」である。拡大というよりも持続と守りを特徴とする。

和辻は、モンスーン的湿潤性と人間のあり方を直接に結びつけて、その特徴を「受容的・忍従的」とした。モンスーン的湿潤性は「泥の文明」を生み、「泥の文明」は水田稲作を特徴とする。それは「石の文明」がもっている「外に進出する力」の能動性に比べればたしかに受動的と言えるだろう。しかし、持続的に内部に蓄積していく発展の仕方は、単純に「受容的、忍従的」とは言い切れない積極性や能動性をも隠しもっているのではないだろうか。和辻の風土論は、モンスーン的湿潤性と人間の性格とを余りに一元的に結びつけることで何か大切なことを見落としているのではないだろうか。

《関連図書》
森から生まれた日本の文明―共生の日本文明と寄生の中国文明 (アマゾン文庫)
対論 文明の風土を問う―泥の文明・稲作漁撈文明が地球を救う
砂の文明・石の文明・泥の文明 (PHP新書)

《関連記事》
日本文化のユニークさ24:自然災害が日本人の優しさを作った
東日本大震災と日本人(3)「身内」意識
『国土学再考』、紛争史観と自然災害史観(1)
『国土学再考』、紛争史観と自然災害史観(2)

JUGEMテーマ:オススメの本

風土―人間学的考察2

◆『風土―人間学的考察 (岩波文庫)

引き続き「日本文化のユニークさ8項目」のうち、第6番目に関連して、和辻哲郎の『風土―人間学的考察』を取り上げ考えていきたい。

(6)森林の多い豊かな自然の恩恵を受けながら、一方、地震・津波・台風などの自然災害は何度も繰り返され、それが日本人独特の自然観・人間観を作った。

和辻は、モンスーン的風土が人間に及ぼす影響の一般的性格について論じたことを基にして、その日本的な特殊形態について具体的に検討していく。しかし和辻の具体論に入る前に、前回触れた疑問の一つについて少し考えてみたい。それは、和辻の論がモンスーンとその湿潤性とに一元化しすぎているのではないかという疑問であった。和辻は、モンスーンの湿潤は、生命に豊かな恵みを与えると同時に、暴風雨や洪水として暴威をふるう。その二重性が人間に、自然への対抗心を失わせるというものであった。しかしたとえば日本列島に住んだ古代人が、この湿潤が恵みであると同時に破壊力にもなるから対抗する気力がなくなると感じたとは考えにくい。むしろもっと素朴に、周囲の自然の恵みによって自分たちは生かされているが、同時に地震や津波を含めた自然の破壊力よって大きな苦しみもなめる、と感じていたに過ぎない。つまり自然の「湿潤性」がもっている二重性を明確に意識していたのではなく、それ以前に、恵みと破壊を同時にもたらす自然そのものへの畏敬が、荒魂(あらたま)・和魂(にぎたま)という、神の極端な二面性への信仰となり、また日本人独特の無常観をも醸成したのである。

さて、こうした疑問点を踏まえた上で日本についての和辻の風土論の具体的分析に入っていこう。日本においてモンスーンは、「台風」とよばれるような、「季節的ではあるが突発的」で猛烈な自然の力となる。一方でそれは日本海側に世界でもまれな大雪をもたらす。日本はモンスーン域の中でも大雨と大雪という二重の現象とともなうことで特殊な風土をもつ。それは「熱帯的・寒帯的」な二重性格と呼ぶことができる。

この二重性格はまず植物のあり方に明白に現れる。強い日光と豊富な湿気を条件とする熱帯的な草木が旺盛に繁茂し、盛夏のそれは熱帯地方とほとんど変わらない。その代表は稲である。一方では、寒気と少量の湿気とを条件とする寒帯的な草木も旺盛に繁茂する。麦がその代表である。こうして大地は冬には麦と冬草とに覆われ、夏には稲と夏草とに覆われる。しかしそのように交代し得ない樹木は、それ自身に二重性格を帯びる。たとえば熱帯的植物である竹に雪の積もった姿は、熱帯の竹に見られない弾力的な曲線を描く日本的な竹である。

日本のモンスーン的風土のこの二重性格は、人間の「受容的・忍従的」なあり方にも二重性格を与えるという。

日本の人間のモンスーン的な「受容性」は、第一に「熱帯的・寒帯的」という二重性を帯びる。それは、単に熱帯的な、単調な感情の横溢でもなく、また単に寒帯的な、単調な感情の持続性でもない。日本人の感情は、「豊富に流れ出でつつ変化において静かに持久する感情」である。四季おりおりの季節季節の「変化」が著しいように、日本人の受容性は「調子の速い移り変わり」といった性格をもつ。

それは大陸的な落ち着きを持たないとともに、きわめて「活発であり敏感」である。活発敏感であるがゆえに「疲れやすく持久性を持たない」。しかもその疲労は刺激のない休養によって癒されるのではなく、新しい刺激・気分の転換などの感情の変化によって癒される。しかしそのような変化の中で、もとの感情はひそかに維持され、その意味で「持久性を持たないことの裏に持久性を隠している」という。

第二に日本人の「受容性」は、「季節的・突発的」である。変化においてひそかに持久する感情は、絶えず他の感情に変転しつつ、しかも同じ感情として持久する。そのために、単に季節的・規則的にのみ変化するのでもなければ、また単に突発的・偶然的に変化するのでもない。それは、「変化の各瞬間に突発性を含みつつ前の感情に規定させられたほかの感情に転化する」という。

次に日本の人間のモンスーン的な「忍従性」もまた、風土の二重性格に対応した二重性をもっているという。

第一にそれは、「熱帯的・寒帯的」な二重性格である。すなわち単に熱帯的な、したがって非戦闘的なあきらめでもなければ、また単に寒帯的な、気の永い辛抱強さでもない。「あきらめでありつつも反抗において変化を通じて気短に辛抱する忍従」である。暴風や豪雨の威力は結局人間を忍従させるのだが、しかしその台風的な性格は人間のうちに戦闘的な気分を湧き立たせずにはいない。だから日本の人間は自然を「征服」しようともせずまた自然に「敵対」しようともしなかったにもかかわらず、なお戦闘的・反抗的な気分において、持久的ならぬ「あきらめ」に達したというのである。日本の特殊な現象としてのヤケ(自暴自棄)は、このような忍従性を明白に示している。

第二にこの「忍従性」も、また「季節的・突発的」である。反抗を含む忍従は、それが反抗をふくむというその理由によって、単に季節的・規則的に忍従を繰り返すのでもなければ、また単に突発的・偶然的に忍従するのでもなく、「繰り返し行く忍従の各瞬間に突発的な忍従を蔵している」という。忍従に含まれた反抗はしばしば台風的なる猛烈さをもって突発的に燃え上がるが、しかしこの感情の嵐の後には突如として静寂なあきらめが現れる。

「受容性」における季節的・突発的な性格は、直ちに「忍従性」におけるそれと関連するのである。反抗や戦闘は猛烈なほど嘆美せられるが、しかしそれは同時に執拗であってはならない。「きれいにあきらめる」ということは、猛烈な反抗・戦闘をいっそう嘆美すべきものたらしめるのである。すなわち俄然として忍従に転ずる事、言い換えれば思い切りの良い事、淡白に忘れる事は、日本人が美徳としたところであり、今なおするところである。そのもっとも顕著は現れ方は、淡白に生命を捨てるという事である。

さて以上が、和辻の分析による、モンスーン的風土の日本的な特殊形態が日本人の性格に及ぼす影響の大筋である。私がこの部分を読んでの印象は、参考になりそうなことが書かれているが、たいへん分かりにくいということだ。みなさんはどう感じただろうか。私が分かりにくいと感じる理由の一つは、「受容性」と「忍従性」というそれぞれの言葉の意味が曖昧で、その違いもあまりはっきりしないことによる。

とりあえず辞書的な意味として「受容性」とは、周囲の事物をそのまま受け入れやすい性質であり、「忍従性」とは、耐え忍びがまんして従う性質のことである。風土との関係で言えば、それらは与えられた自然環境をそのまま受け入れる性質であり、与えられた自然環境にがまんして従うことである。受入れるにしても従うにしても、それほど大きな違いはない。ほとんど同じである。和辻は、「湿潤」が「自然への対抗」を呼覚まさず、「受容的」にすると言っているが、これは「忍従的」にすると言ってもほとんど同じである。だから、これら二つをわざわざ分けて語る和辻の論に説得力がないのではないか。

和辻は、日本人の「受容性」の二重性格を語るところで、「受容性」がどのように二重の性格を帯びているかを全く語らず、ただ感情が変化しやすいが、一方で持久する面もあると言っているに過ぎず、これでは何ら受容性の説明にはなっていない。

一方、「忍従性」の二重性格については、「あきらめでありつつも反抗において変化を通じて気短に辛抱する忍従」という難解な表現を使っている。これは、基本的にはあきらめであるが、ときに突発的に反抗を繰り返すぐらいの意味だろうか。これは、俗に「日本人は熱しやすく冷めやすい」と言われるのと対応しているかもしれない。しかし、そういう性質が、風土の「熱帯的・寒帯的」、「季節的・突発的」という二重性から、具体的にどのように生まれてくるのかについては充分な説明がなく、ほとんど説得力がない。しかし、日本の風土と日本人の性格が大雑把に何となく、そんな対応関係で考えるのも面白そうだなというヒントにはなるかもしれない。

私たちが和辻の風土論を参考にできるのは、そこに示された日本人の性格との関係性の大枠をヒントにしながら、ある程度確実に言えることは何かを検討していくことだろう。次回以降、そんな作業を行ってみたい。

《関連図書》
ニッポンの底力 (講談社プラスアルファ新書)
日本の大転換 (集英社新書)
資本主義以後の世界―日本は「文明の転換」を主導できるか
日本人て、なんですか?
日本復興(ジャパン・ルネッサンス)の鍵 受け身力
日本の「復元力」―歴史を学ぶことは未来をつくること (MURC BUSINESS SERIES 特別版)

《関連記事》
東日本大震災と日本人(1)
東日本大震災と日本人(2)日本人の長所が際立った
東日本大震災と日本人(3)「身内」意識
東日本大震災と日本人(4)突きつけられた問い
日本文化のユニークさ24:自然災害が日本人の優しさを作った

JUGEMテーマ:オススメの本

風土―人間学的考察1

◆『風土―人間学的考察 (岩波文庫)

今回は、ブログの柱である「日本文化のユニークさ8項目」のうち、第6番目に関連して、和辻哲郎のあまりに有名な『風土―人間学的考察』を取り上げたい。

(6)森林の多い豊かな自然の恩恵を受けながら、一方、地震・津波・台風などの自然災害は何度も繰り返され、それが日本人独特の自然観・人間観を作った。

和辻は、上の本の中で風土をモンスーン、砂漠、牧場に分け、それぞれの風土と文化、思想の関連を追究した。日本はもちろんモンスーンに含まれる。モンスーンは季節風であり、特に夏の季節風で、熱帯の太洋から陸に吹く風である。だからモンスーン域の風土は暑熱と湿気との結合をその特性とする。湿潤なモンスーンが日本の自然を豊かにすると同時に、台風などの暴威ともなる。まさにこの二面性が日本人や日本文化の特性にどう関係するのかを和辻は考察している。

東北大震災からすでに3年が経とうとしている。あの震災とその後の津波や原発事故は、私たち日本人に強い衝撃を与え、その後の私たちの生き方や考え方に深い影響を及ぼした。しかし考えてみればそのような衝撃と影響は、日本人がはるか昔から大きな自然災害を経験するたびに何度も受けてきたものだ。和辻はこの本の中で震災や津波といった自然災害を直接論じているわけではないが、暑熱と結合する湿潤な自然が、しばしば大雨や暴風、洪水など荒々しい力となって人間に襲いかかることが、人間の態度や思考にどのような影響を与えるかを考察している。震災の記憶がまだ生々しく残っている今、和辻の風土論を読み直すことは何かしら意味があるかもしれない。

和辻は、モンスーン域の人間が、寒冷地や沙漠の人間に比べ、自然に対抗する力が弱く、受容的・忍従的になると言い、それはモンスーンの湿潤から理解できると言う。耐えがたく防ぎがたい湿気は、人間のうちに「自然への対抗」を呼覚まさない。その理由のひとつは、「陸に住む人間とって、湿潤が自然の恵みを意味する」からである。特に夏の暑熱と湿気のなかで大地に植物など多くの生命が豊かに育ち、成熟する。湿潤な自然は生命の豊かさに関係し、だから人間はそれに対して対抗的ではなく、受容的になるというのである。

理由の第二は、湿潤が自然の暴威をもたらし、しばしば大雨、暴風、洪水、旱魃などの荒々しい力となって人間に襲いかかるからである。それは「人間に対して対抗を断念させるほど巨大な力であり、従って人間をただ忍従的たらしめる」という。沙漠の乾燥も人間に死の脅威を与えるほどに厳しい。しかし乾燥は、湿潤と違って、同時に人間を生かす力ではない。人間は自分の生の力によって死の脅威に対抗しようとする。一方、湿潤な自然の暴威は、生を恵む力の暴威であり、この点で、沙漠の乾燥の脅威とは意味が違うというのだ。

こうして和辻は、こうしたモンスーン地域の人間のあり方を「モンスーン的」と名づけ、私たち日本人もまさにモンスーン的、すなわち受容的・忍従的であるとする。そしてさらに、その日本的な特殊性を吟味していく。私は、和辻のこの風土論に大方そうだろうと思いつつ、どこかで今ひとつ素直に受け入れがたいものを感じている。それがどこから来るのかは、もう少し和辻を論を追いながらはっきりさせていければと思う。

ただ今の段階でひとつ言えるのは、和辻の論がモンスーンと湿潤性とに一元化しすぎていることに不満があるということである。人間を含めたあらゆる生命を育む豊かな自然が、時に命を根こそぎにする脅威ともなりうる。そのような自然の脅威として地震や津波が日本人にとって持つ意味は、台風や大雨に比べ破壊力も格段に大きく、無視できるものではない。日本列島に住む人々は、縄文あるいはそれ以前の昔から、豊かな恩恵をもたらすと同時に、ときに狂暴化する自然のもとで生きてきた。地震や津波を含めた、そうした自然への畏敬が、荒魂(あらたま)・和魂(にぎたま)という、神の極端な二面性への信仰となり、また日本人独特の無常観をも醸成したのである。

もうひとつ気になるのは、「忍従的」という言葉である。「受容的」の方は中立的なニュアンスに近いので気にならないが、「忍従的」の方はどこか否定的な響きがあって引っかかる。東北大震災と津波の被害のあと、日本人が示した行動は、否定的どころか世界に驚嘆される素晴らしいものだった。「東日本大震災と日本人(2)日本人の長所が際立った」や「日本文化のユニークさ24:自然災害が日本人の優しさを作った」などの記事を参照してほしい。「忍従的」にまつわる問題については、モンスーン的風土の日本的特殊形態についての、和辻の具体的な分析に触れるときにまた考えることになるだろう。

《関連図書》
ニッポンの底力 (講談社プラスアルファ新書)
日本の大転換 (集英社新書)
資本主義以後の世界―日本は「文明の転換」を主導できるか
日本人て、なんですか?
日本復興(ジャパン・ルネッサンス)の鍵 受け身力
日本の「復元力」―歴史を学ぶことは未来をつくること (MURC BUSINESS SERIES 特別版)

《関連記事》
東日本大震災と日本人(1)
東日本大震災と日本人(2)日本人の長所が際立った
東日本大震災と日本人(3)「身内」意識
東日本大震災と日本人(4)突きつけられた問い
日本文化のユニークさ24:自然災害が日本人の優しさを作った

JUGEMテーマ:オススメの本

本当はすごい神道3

前回は縄文・弥生文化と神道の関係について触れた。その上で今回は、「日本の長所11項目」(→「自覚すべき日本の良さ」参照)と神道の関係について、上の山村氏の本◆本当はすごい神道 (宝島社新書)』も参考にしながら、私なりに考えてみたい。

山村氏は、神道の構造を三角形で図式化して三つの観点からとらえている。第一の角に日本人の「美意識」があり、第二の角に「日本人の生き方」があり、第三の角に「魂」がある。

まず「美意識」についてだが、神社では、鳥居をくぐり、参拝の前に「手水舎」で手と口を注ぐ。これは「禊ぎ」を簡略化したものだという。日本人の長所の一つに清潔さ、きれい好きということを挙げたが、それと神道の禊ぎの精神が深く関係するは確かだろう。問題は、では禊ぎの精神そのものはどこからやって来たのかということだ。これは推測の域を出ないが、禊ぎは太古からの日本列島の自然環境に深く関係していると思われる。大陸の大河に比べればほとんど急流といってよいような河があちこちに流れ、しかも豊かな森を経ることできれいに澄んでいた。その流れで身を清めた体験が、いつか禊ぎの心を育んでいったのではないか。

また自然災害の多さも、どこかで禊ぎの精神に繋がっているかもしれない。私たちの祖先は、人間の手によって築いたものが自然の力によっていとも簡単に破壊され、あとかたもなくなってしまうという体験をいやというほど重ねてきた。すべてを破壊され、否応もなくゼロの状態に引き戻される。いつしかため込んでいた穢れを、自然の力によってはぎ取られてしまう。そのたびに生まれ変わったかのように心を新たにして再出発する。自然環境に根ざすそういう体験も、禊の心に関係があるのかもしれない。

神道の三角構造の第二の角は、「日本人の生き方」である。山村氏は、本の中に示された三角形の構造図の中で、具体的には礼儀作法、伝統文化、思いやり、おもてなし、謙虚さなどの特徴を挙げている。これは、以下の「日本の長所11項目」のうち、1)〜6)に関係するだろう。

1)礼儀正しさ
2)規律性、社会の秩序がよく保たれている 
3)治安のよさ、犯罪率の低さ 
4)勤勉さ、仕事への責任感、自分の仕事に誇りをもっていること
5)謙虚さ、親切、他人への思いやり
6)あらゆるサービスの質の高さ
7)清潔さ(ゴミが落ちていない)
8)環境保全意識の高さ
9)食べ物のおいしさ、豊かさ、ヘルシーなこと 
10)伝統と現代の共存、外来文化への柔軟性
11)マンガ・アニメなどポップカルチャーの魅力とその発信力

これらもおそらく、日本列島の太古からの歴史のなかで長い年月をかけて育まれきたものであり、その意味でも神道の精神と表裏一体である。その多くは、遠く縄文時代にまで遡ることができるだろう。1万数千年も続いた縄文時代が平和で平等な社会であったことについてはなんども触れた(→日本文化のユニークさ31:平等社会の基盤強い日本女性のルーツは?など)。縄文人が基本的には狩猟・漁撈採集の民であったことが社会の平等性と維持できた最大の理由だっただろう。しかも縄文時代は、湿潤で森の豊かな環境のなかで1k屬療效呂3人を養うことができたという。世界の狩猟採集時代の平均では0.1人だから、日本の土地は世界平均の30倍の扶養能力があった。自然の豊かさは争いの原因を少なくする。さらに母系社会であったことが平和な社会を保つ大きな原因となった。平和や平等性が保たれない社会では、謙虚さや思いやりなどは育ちにくい。

前回見た通り、大陸からの渡来人が一気に大量に押し寄せることもなく、まして彼らは牧畜民はなく稲作漁撈民であったため、縄文人が培ってきた精神性や宗教心は、かなり色濃く弥生時代に流れ込み、融合していった。この段階でもし、大陸の諸民族の間にあったような征服民と被征服民の強固な支配−被支配関係が成立していれば、縄文時代以来の遺産は引き継がれなかっただろう。

縄文文化が弥生文化と融合していったという事実は、日本列島に住む私たちの原体験の一つといってよいと思う。日本文化のユニークさとして挙げた四番目は、「大陸から海で適度に隔てられた日本は、異民族により侵略、征服されたなどの体験をもたず、そのため縄文・弥生時代以来、一貫した言語や文化の継続があった」ということである。縄文人が被征服民として支配下に置かれていれば、それは大規模な奴隷制の発端になっていたかもしれない。渡来人との間でそうした熾烈な関係がなかったからこそ、大陸の進んだ文化を屈託なく学び受け入れるという、その後現代にまでつらなる日本人の精神態度が生まれたのである。

上の「日本の長所11項目」を眺めると、そのおおくが何らかの形で性善説の人間観に関係していると思うが、とくに2)〜6)あたりは関係が深い。人間の誠意や真情を互いに信頼することで、社会の「和」や秩序が保たれる。自分のわがままを抑えることで、相手も譲ってくれ、そこに安定した「和」の関係ができるという性善説を無意識のうちに共有しているから、規律や秩序、治安のよさ、謙虚さ、親切、思いやりなどが維持される。

では、こういう日本人の特徴はどこから来るのかと言えば、その源は縄文時代であろう。そして弥生人が渡来した時期も含め、長い歴史を通じて異民族による侵略、強奪、虐殺など悲惨な体験をもたなかったことがいちばん重要な要素だと思う。異民族との闘争のない平和で安定した社会は、長期的な人間関係が生活の基盤となる。相互信頼に基づく長期的な人間関係の場を大切に育てることが可能だったし、それを育て守ることが日本人のもっとも基本的な価値感となった。その背後には人間は信頼できるものという性善説が横たわっている。

加えて、弥生時代以降の日本は稲作農業を基盤とした社会であった。人口の8割以上が農民であり、田植えから刈入れまでいちばん適切な時期に、効率よく集中的に全体の協力体制で作業をする訓練を、千数百年に渡って繰り返してきた。侵略によってそういうあり方が破壊されることもなかった。礼儀正しさ、規律性、社会の秩序、治安のよさ、勤勉さ、仕事への責任感、親切、他人への思いやりなどは、こうした歴史的な背景から生まれてきたのであろう。

異民族に制圧されたり征服されたりした国は、征服された民族が奴隷となったり下層階級を形成したりして、強固な階級社会が形成される傾向がある。たとえばイギリスは、日本と同じ島国でありながら、大陸との海峡がそれほどの防御壁とならなかったためか、アングロ・サクソンの侵入からノルマン王朝の成立いたる征服の歴史がある。それがイギリスの現代にまで続く階級社会のもとになっている。

日本にそのような異民族による制圧の歴史がなかったことが、日本を階級によって完全に分断されない相対的に平等な国にした。武士などの一部のエリートに権力や富や栄誉のすべてが集中するのではない社会にした。特に江戸時代、庶民は自らの文化を育て楽しみ、それが江戸文化の中心になっていった。庶民は、どんな仕事をするにせよ、自分たちがそれを作っている、世に送り出している、社会の一角を支えているという「当事者意識」(責任感)を持つことができる。自分の仕事に誇りや、情熱を持つことができる。

階級によって分断された社会では、下層階級の人々はどこかに強力な被差別意識があり、自分たちの仕事に誇りをもつという意識は生まれにくい。奴隷は、とくにそういう意識を持つことができない。日本文化のユニークさのひとつは、奴隷制を持たなかったことであった。奴隷制の記憶が残り、下層階級が上層階級に虐げられていたという記憶が残る社会では、労働は押し付けられたものであり、そこに誇りをもつことは難しいだろう。

このように日本人の長所は、日本列島という自然環境と縄文時代以来の長い歴史のなかで様々な要素に影響されながら作られてきた。神道も同様な様々な要素に影響されて形づくられた。というよりも、その地理的、歴史的環境の中で育まれてきた、日本人の世界観、価値観、様々な風習や風俗こそが、「神道」の実体をなしているのだ。だから日本人の長所が、どれも神道と深く関係しているのは、当然といえば当然なのである。

《関連図書》
文明の環境史観 (中公叢書)
対論 文明の原理を問う
一神教の闇―アニミズムの復権 (ちくま新書)
環境と文明の世界史―人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ (新書y)
環境考古学事始―日本列島2万年の自然環境史 (洋泉社MC新書)
蛇と十字架

《関連記事》
日本文化のユニークさ03:縄文文化の名残り
日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化
日本文化のユニークさ17:現代人の中の縄文残滓
日本文化のユニークさ19:縄文語の心(続き)
『「かわいい」論』、かわいいと平和の関係(3)

JUGEMテーマ:オススメの本

本当はすごい神道2

引き続き『本当はすごい神道 (宝島社新書)』に、私が挙げた「日本の長所11項目」(→「自覚すべき日本の良さ」参照)が引用されていたことをきっかけとし、「日本の長所と神道」というテーマで考えてみたい。その際、振返るのはやはり、このブログの柱になっている「日本文化のユニークさ8項目」である。その第一から第四までの項目は次のようなものであった。

(1)漁撈・狩猟・採集を基本とした縄文文化の記憶が、現代に至るまで消滅せず日本人の心や文化の基層として生き続けている。

(2)ユーラシア大陸の父性的な性格の強い文化に対し、縄文時代から現代にいたるまで一貫して母性原理に根ざした社会と文化を存続させてきた。

(3)ユーラシア大陸の穀物・牧畜文化にたいして、日本は穀物・魚貝型とも言うべき文化を形成し、それが大陸とは違う生命観を生み出した。

(4)大陸から海で適度に隔てられた日本は、異民族により侵略、征服されたなどの体験をもたず、そのため縄文・弥生時代以来、一貫した言語や文化の継続があった。

従来の多くの神道学者は、神道を弥生文化以降の農耕文化に根ざすと考えていた。これに対し何人かの研究者は、稲作、農耕以前の縄文時代から神道の母型があると主張してきた。私は、このブログで何度も縄文文化と弥生文化の融合ということを主張してきたので、当然後者の立場をとる。

1万数千年に及ぶ縄文時代は、本格的な農耕を伴わないにもかかわらず、複雑な文様を持つ土器、煮炊きに使う土器をもち、しかも、かなりの規模で定住するという、世界史的にも独自な位置づけをもつ時代であった。列島に住む人々が、その長い体験によって独自の文化や宗教心、世界観を培っていたのは確かなことだ。その体験が、神道に強く反映されていないと考えるのは不自然だ。

縄文時代から弥生時代への移り変わりは、大量の渡来人が一気に押し寄せてきて、日本列島を席巻してしまったわけではなかった。大陸から一度に渡来できる人数はごく限られたものだったろう。少しづつ渡来しては列島の風土に馴染んでいったであろう。日本文化のユニークさ8項目のうちの(4)の「大陸から海で適度に隔てられた日本は、異民族による侵略、強奪、虐殺な体験をもたず、また自文化が抹殺されることもたなかった」という事実は、縄文時代から弥生時代という日本という国の創成期にも当てはまるのである。

現代人に占める縄文系と渡来系の血の配分は、1対2ないしは1対3だとされ、大量の渡来人が流入してきたと信じられてきた。しかし、渡来人が北九州に稲作を根づかせ、少なからぬ縄文人も稲作を受け入れ、渡来人と混じり合っていったとすれば、どうか。狩猟採集民は自然環境とのバランスの中に生きざるを得ないので基本的に人口は増加しないが、稲作民の人口増加率はかなり高い。それが渡来系の血を圧倒的に多くしていった。しかし文化的には、縄文系の風俗、習慣、信仰心などに溶け込んでいったので、縄文文化は抹殺されず、むしろ生き生きと後の時代に受け継がれていくことになったのである。つまり、日本の歴史はその原初から、従来の文化を基盤としつつそこに新しい文化を取り入れ、自分たちに適した形に変えていくという、その後何度も繰り返えされる歴史の原型を作っていたのである。

こうした事情に加え、もう一つユニークな視点を紹介したい(『対論 文明の原理を問う』)。それは、日本列島に稲作を持ち込んだのは長江流域にいた稲作漁撈民だったのではないかということである。彼らは、4200年前に気候変動によって北方からやってきた畑作牧畜民に追われて、貴州省や南雲省の山岳地帯、さらには台湾や日本列島に逃げたという。もちろんこれは、日本文化のユニークさの3項目目、「ユーラシア大陸の穀物・牧畜文化にたいして、日本は穀物・魚貝型とも言うべき文化を形成し、それが大陸とは違う生命観を生み出した」に深く関係する。

長江文明の人々は太陽信仰をもっていたが、それは女神であった。中国の少数民族であるイ族やミャオ族も同様に、女神としての太陽を信仰する。これに対し漢民族の太陽神は炎帝であり、男性神だ。ギリシア神話のアポロンも男性神だ。つまり稲作漁撈民の太陽神は女神であり、畑作牧畜民の太陽神は男神である。もちろん日本でも太陽神はアマテラスであり、女神だ。

さらに稲作漁猟民にとっては、山も崇拝の対象であった。 長江の人々も山を大切にしていた。なぜなら稲作に必要な水は、山から川となって流れてくるからだ。川の源流がある山は、最も聖なるものだった。しかも山は、天と地をつなぐ架け橋であり、梯子だった。日本の会津磐梯山も天と地をつなぐ磐の梯子ということだろう。天と地が結ばれることによって豊饒の雨がもたらされる。それは、天地を結合し豊饒をもたらす聖なる柱という考え方と結びつく。伊勢神宮には心御柱があり、熱田神宮には五柱があり、諏訪大社にも御柱がある。

縄文人にとっても山は、その下にあるすべての命を育む源として強烈な信仰の対象であっただろう。山は生命そのものであったが、その生命力においてしばしば重ね合わされたイメージがおそらく大蛇、オロチであった。ヤマタノオロチも、体表にヒノキや杉が茂るなど山のイメージと重ね合わせられる。オロチそのものが峰神の意味をもつという。蛇体信仰はやがて巨木信仰へと移行する。山という大生命体が一本の樹木へと凝縮される。山の巨木(オロチの化身)を切り、麓に突き立て、オロチの生命力を周囲に注ぐ。蛇は再生と循環の象徴でもある。そのような巨木信仰を残すのが諏訪神社の御柱祭ではないか。

つまり日本列島に稲作を伝えた人々は、もともと日本列島に住んでいた人々とよく似た生命観・世界観をもっていた。それゆえ縄文人の文化や宗教心は、弥生人のそれと自ずと融合していくことができたのではないか。縄文人の心性を大きく三つに整理すれば次のようになるだろう。 第一に、豊かな自然の中で育まれた、自然への畏敬を基盤とする宗教的な心性。第二に、豊かな自然の恵みを母なる自然の恵みとみなす母性原理の心性。第三に、農耕の発達にともなう階級の形成や、巨大権力による統治を知らない平等で平和な社会が1万数千年も続いたことから来る強い平等意識である。このうち、第一と第二の心性が、弥生人が携えてきたものとかなり響きあうものだったのだ。

縄文人の遺跡には、貝塚などの遺跡と並んで石群や木柱群がある。以前に触れたように、石群と木柱群は「先祖の祭祀」と「太陽の観測」という二つの機能をもつと思われる。縄文人は、太陽と先祖の二つを拝んでいた。そして竪穴住居で大切に守られた火は、太陽の子であった。ところで太陽と先祖とはどのように結びつくのか。縄文人は、氏族の先祖を遡ったおおもとに元母のイメージをもっていただろう。その元母と太陽の両方の性格をそなえていたのは、女性神アマテラスである。元母の根源にアマテラスを見ると、先祖信仰と太陽信仰は完全につながるというのである。つまり縄文人の宗教心は、母系社会の先祖信仰と「母なる自然」への信仰、その大元としての太陽信仰とが結びついていたのではないか。

以上で見てきたように、自然への畏敬、再生と循環の生命観、太陽信仰、山岳信仰、先祖への尊崇の念などは、この日本列島に縄文時代から培われてきたと同時に、大陸から渡来したもかなり共通した世界観をもっていた。それゆえにそれらは融合し、縄文人の心は現代日本人の心にまで受け継がれることになった。

神道は「宗教」であると認識することが困難なくらいに、日本人の価値観や文化、習慣に溶け込んでいる。その源流を探れば、遠く1万年以上前から、縄文人がこの日本列島で培ってきた「宗教心」に至りつくのだ。

《関連記事》
日本文化のユニークさ8項目

日本文化のユニークさ27:なぜ縄文文化は消えなかった?

日本文化のユニークさ28:縄文人は稲作を選んだ

日本文化のユニークさ29:母性原理の意味

日本文化のユニークさ30:縄文人と森の恵み

日本文化のユニークさ31:平等社会の基盤

日本文化のユニークさ32:縄文の蛇信仰(1)

日本文化のユニークさ33:縄文の蛇信仰(2)

日本文化のユニークさ34:縄文の蛇信仰(3)

日本文化のユニークさ35:寄生文明と共生文明(1)

日本文化のユニークさ36:母性原理と父性原理


《関連図書》
文明の環境史観 (中公叢書)
対論 文明の原理を問う
一神教の闇―アニミズムの復権 (ちくま新書)
環境と文明の世界史―人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ (新書y)
環境考古学事始―日本列島2万年の自然環境史 (洋泉社MC新書)
蛇と十字架

JUGEMテーマ:オススメの本

<< | 2/9PAGES | >>

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< October 2019 >>

つぶやけば誰かとつながる!!

管理人の著作

最近読んで面白かった本

美しくも不思議な縄文の魅力・写真集

全米で最も影響力のある精神世界指導者

私も深く影響を受けた本

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

sponsored links

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM