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    2017.03.19 Sunday/ -/ / -/ -/ -/ -/ by スポンサードリンク

24時間の明晰夢―夢見と覚醒の心理学

◆『24時間の明晰夢―夢見と覚醒の心理学』(アーノルド・ミンデル)

「24時間の明晰夢」いう概念は、心理療法をスピリチュアルな実践に近づけたとミンデ ルは言う。読んでまったくその通りだと思う。これは、「語りえないタオ」、ブラブマン、 ブッダマインド(仏心)、「大きな自己」、つまりミンデルのいうドリーミングにつながるための心理学だ。  

ドリーミングは、すべての日常的現実の基盤であり、人生の中核にあるエネルギーであり、 すべてのスピリチャルな教えの源泉である。しかも、それは微細な体験として日常生活の中 で私たちにたえず働きかけている。明確に捉えることができるあらゆる思考や感覚に先立つ かすかな知覚であり、傾向であり、夜見る夢にさえ先立つ。日常的意識に一瞬の体験として 現れ、非合理的で、夢のようで、ふつうは明確にとらえることはできない。  

一般にいう「明晰夢」とは、夜夢を見ているときに自分が夢を見ていることを自覚し、夢 の中で意識的に動けるようになることであった。ミンデルは、この明晰夢の概念を拡大し、 質的に転換する。  

もし、日常的な言葉では明確に捉えることができない、かすかな(センシェントな)傾向 を知覚する注意力を鍛え直すことができれば、驚くべき畏怖の念をだかせる現実が開ける。 日常生活の背景に潜むドリーミングの力を生きることが可能となるのだ。いっさいの出来事に先立つ傾向、すなわち日常的現実を発生させるドリーミングという背景にいつも気づいている能力を、ミンデルは「24時間の明晰夢」と名づけた。  

ミンデルのドリーミングの心理学が、伝統的なスピリチャルな教えに対して新しいのは、 ドリーミングを私たちの日常的な現実に対してたえず働きかけて来るプロセスとして捉えている点だ。 身体的な症状とのかかわりのなかで、もつれた人間関係のなかで、飲食物などへの嗜好のなかで、ドリーミングがどのようにその兆しを現し、どのように意識にとらえられるか、具体的なワークも示しながら語る。ほとんど言語化できない漠然とした感覚や直感として立ち現れる(=センシェントな)傾向を意識化する心理療法的な方法(ワーク)として画期的だ。  

意識を明晰に研ぎ澄ませば、タオはかくも様々な仕方で私たちに目覚めを促しているのか と、通読しつつ感動した。  

本書の最後にミンデル自身の印象的なエピソードが語られる。彼は、北米の先住民とのか かわりの中で予期せぬ裁判沙汰に巻き込まれる。彼が事実を正直に語ろうとすると相手側の 弁護士は「イエスかノーかで答えよ」と追いつめる。  

窮地に追い込まれたミンデルに一瞬ある画面が閃光のように蘇る。最初に法廷で「すべて の真実を、ただ真実のみを語る」と宣誓したときの記憶だ。多くの場合私たちは、このよう に気まぐれにふと蘇る記憶のイメージをまともに取り上げず、意識の端に追いやって忘れて しまうだろう(周縁化)。  

しかし、ミンデルはそうはしない。瞬時にそれをドリーミングからの働きかけと直感する。 そして相手の弁護士に静かに謙虚に告げる。「イエスかノーかとという答えは、申し訳ないが宣誓したようなすべての真実ではない」と。それを聞いた弁護士は、何か心に打たれるものがあったのだろうか、ミンデルが自由に語ることを認める。  

ミンデルは、自分の気持ちも含めたすべての真実を明確に話した。語りながら相手の弁護 士への敬服の気持ちや、対立する相手との友情への関心にも、気づいていたという。その結果、相手側は裁判をおり、和解が成立したというのだ。

「あなたが明晰さの訓練をすると、目覚めてもドリーミング・プロセスが続くことに気づ くだろう。‥‥あなたが明晰ならば、そして日常生活に展開していくセンシェントな体験を 忍耐強く追いかけるならば、『あなた』のドリーミングがあなたを目覚めさせ、生活の場面 にはいりこんでくることに気づくだろう。」

「あなたは一日中目覚めのプロセスが起こっていることを感じることができる。あなたが しなければならないのは、ドリーミングを認識し、センシェントな体験、知覚の神秘に注意 を払い、人生が開示し、展開し、創造されていくプロセスに気づくことである。」

『うしろ向きに馬に乗る』でも確認したようにミンデルはいつもタオが、日常的な現実、 生活の場面、人生の流れの中に展開していくプロセスに注目しているようだ。用語に慣れないとやや読みづらいかもしれないが、充分に読む価値のある本だと思った。

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プロセス指向心理学入門

◆『プロセス指向心理学入門―身体・心・世界をつなぐ実践的心理学』藤見幸雄、諸富祥彦編著(春秋社、2001年)

ミンデルが創始したプロセス指向心理学への本格的な入門書である。ミンデルに初 めて接する人にも、もうすでにある程度知っている人にも、可能性に満ちたPOP全体へ の見通しを提供してくれる。日本の第一線の研究者・セラピストらが、関連領域との 比較考察なども含めて、様々な立場から語り、広い展望が得られて興味深い。

いろいろな論文を読んで今回とくに刺激を受けたのは、プロセス指向心理学の方法を日常生活の中でいかに生かしていくか、だった。今あちこちでちょっとした人間関 係のきしみがあるので、よけいにそう感じるのかもしれない。

プロセス指向心理学(POP)は、就寝時の夢だけでなく、病や人間関係のあつれきや、 無意識の何気ない動作なども、すべて夢と同様、より深い次元への通路と考える。病 や人間関係のもつれなど困った「問題」は、異次元から入り込む「異物」ではあるが、 それを避けたり、排除したり、敬遠したりするのではなく、私たちに大切なものをも たらしてくれる「何ものか」として敬意ももって接しようとする。

日常生活に沸き起こってくる問題を、そのような大切な学びの通路として自覚的に 対したいと思う。ミンデルの方法そのものが、私には瞑想と同等の意味をもつと感じ られる。いずれプロセスワークを体験したいと思う。

「自分ひとりだけのプロセスなどはない。私たちはみんな一緒に、ものすごく大き なひとつの場の中に生きていて、その一部分を受け取っているだけなのだ。だから、 私たちが感じるすべての感覚に感謝し、できるかぎり、そのすべての感覚を活かさな ければならない。こうなると、すべてのものが私であると同時に、これが私だという ものは何もない、といえる。」(『うしろ向きに馬に乗る―「プロセスワーク」の理論と実践』)

ひとつの大きな場、タオの知恵、タオのうねり、そのうねりの中のひとつとしての 自分が、自分を取り囲む人間関係が、そのほかの一切が、最大限に活かされていくあ り方。  

プロセス指向心理学が提示するあり方は、たんに心理学者や心理療法家だけに意味 があるのではなく、精神世界に関心のあるすべての人々に有益な示唆を与えてくれる だろう

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ワン・テイストーケン・ウィルバーの日記

◆『ワン・テイスト―ケン・ウィルバーの日記』(コスモス・ライブラリー、2002年)(本書は上下本だが、ここでは全体の書評をする)

1997年1月から7月までのウィルバーの日記という形の本だが、ウィルバー自身によるウィルバーの世界への良き入門書になっている。初めて読む人にとっては、彼の基本的な思想が、日常の活動や瞑想実践への言及のなかに散りばめられ、それほどの努力なしに興味をもって読み進むことができる。

また、すでに彼の本を何冊か読んだ人には、それらとは少し違う文脈のなかで、またウィルバー自身の平易な言葉によって、その壮大なヴィ ジョンの要所を復習できる。そして彼が私たちにもたらした成果の意味を「再発見」させてくれる。  

読者は、日記を読み進むうちにウィルバーの統合的アプローチの意味を再確認するだろう。ウィルバーは言う、「私は人間の知性が100%の間違いを犯すことを信じない。だから、どのアプローチが正しく、どれが間違っているかを問う代わりに、すべてのアプローチが部分的には正しいと仮定する。そして、ある一つを選択し、他を排除するのではなく、そうした部分的な真実をどうしたら一つにできるか、どうしたら統合できるかを明らかにしようとするのである」   

ある評者は、ウィルバーのヴィジョンが「歴史上のいかなる他の体系よりも多くの真実をもたらし、それらを統合するもの」と語る。ウィルバー自身は自分の仕事が「純粋に東と西、北と南を包含する最初の信用できる世界的哲学の一つ」たらんことを願うという。少なくとも私たちは、そういう可能性を担う思想家として、彼を真摯に読む必要がある。  

ウィルバーの他書にない、この本の魅力の一つは、彼自身の瞑想体験が、かなり詳細に語られていることだ。瞑想に関心をもつものとして、この部分からもかなり影響を受けた。さらにウィルバーの思想を、彼の瞑想体験と関連付けて再認識することができる。    

さらに興味深い点の一つは、アメリカの精神状況へのラディカルな批判が随所に見られることだろう。「これまでは純粋な霊的(スピリチュアル)研究にとっての 真の脅威は還元主義者たちであったが、より大きな脅威がニューエイジ運動、いわゆる引き上げ主義者たちから表面化した。これらの人々は、善良かつ慎み深い意図をもっているにもかかわらず、幼児的、幼稚的、自己中心的な状態を取り上げ、単にそれらが『非合理的』であるという理由で、『神聖なもの(セイクレッド)』あるいは『霊的なもの(スピリチュアル)』とラベルを張り替えする。これは明らかに問題である。」  

もちろんここではニューエイジ運動における「前/超の虚偽」が指摘されており、これがウィルバーによる批判の基本的な構図である。具体的にはたとえば「ダイヤモンド・アプローチ」がどのように「前/超の虚偽」を犯しているかを論じている。  

ダイヤモンド・アプローチは心理療法のひとつで、「誰もが生まれたときには、そもそも霊的(スピリチュアル)なエッセンスと接触しており、しかし成長する過程において、そのエッセンスが抑圧され、締め出される」と主張するという。ウィ ルバーはこれを、「前―自我的な衝動と超―自我的なエッセンスを混同している」と批判する。たとえば子どもが無邪気に遊んでいるのを霊的な喜びと混同してはならないという。

しかし、そう言い切ってしまってよいのか。次に書評で取り上げる『光を放つ子どもたち―トランスパーソナル発達心理学入門』などを読むと、このあたりがいちばん議論を呼ぶところと感じる。少なくともすべてを「前/超の虚偽」で整理しようとすると「輪廻転生」などは視野に入りにくくなるのではないか。  

ともあれこの本は、ウィルバーを取り巻く交友関係や内面世界に触れつつ、しかも彼の統合的ヴィジョンがコンパクトに語られており、興味尽きない。

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意識のスペクトル

◆『意識のスペクトル 』ケン・ウィルバー(春秋社)

ウィルバーの『意識のスペクトル』の第1巻は、意識のスペクトル論の全体像の骨格を論じ、それにまつわる問題点を指摘しているのに対し、第2巻は、影のレベルから「心」のレベルへと向かってアイデンティティーを広げる、「治癒と進化の道を論じた方法論」という形をとるという。

ウィルバーの6段階の意識のスペクトルがどのようなものか、簡単にまとめておく。

 峅礁漫扮董砲離譽戰襦廖深分だと信じられた部分〈仮面=ペルソナ〉が本来自分のものである衝動や欲求や思考〈影=シャドー〉を抑圧している。

◆崋我のレベル」/影を統合しているが、身体とは分離している。からだは自分の所有物や道具であって、自分自身ではないと感じられ、そのアイデンティティは、身体を統合せず、排除している。

「生物社会的帯域」/自我のレベルから実存のレベルへと統合が進む途中にあり、社会的なプログラム、つまり言語、習慣、教育、文化の習得などが含まれる帯域。

ぁ崋詑犬離譽戰襦廖織▲ぅ妊鵐謄ティが、自我を超えて身体にまで広がっている。統合された心身=有機体が「自己」と感じられている。しかし、この心身一如の有機体は、環境とは分離している。

ァ崢狂弔梁唹茵廖深詑犬離譽戰襪函⊃瓦噺討个譴襪泙辰燭対立のない領域との間にあり、トランスパーソナルな帯域、超個の帯域と呼ばれる。そこでは環境との分裂はあってもその境界はあいまいで、実際にはESPや共時性、超常現象さえも起こりかねない帯域。

Α嵜瓦離譽戰襦廖真祐屬亘寨茵⊃粥複唯蕋遑筺砲噺討个譴詒鷯錣防広く、いかなる分離分裂も二元対立もない状態、世界ないし宇宙と一体化している状態を深層にもっている。東西の神秘思想が、たとえばブラフマン、永遠、無限、空、無、宇宙意識など、さまざまな言葉で表現した、人間と全者が一つとなった究極のレベル。  意識のスペクトルは、電磁波のスペクトルと同じように、ある一貫した連続性をもって展開する。
 
第2巻は「治癒と進化の道を論じた方法論」という形をとるせいか、読んでいて今自分自身がどのような状態にいるのかとか、ウィルバーのいうセラピー論にしたがって、自分の問題に対してみたいとか、自分への問いかけをしながら読めるのが面白い。

たとえば第7章「影の統合」では、フロイトからパールズまでの理論を踏まえてわかりやすい事例を引きながら、自我と影の関係を論じ、影を再び自分のものにする実践的方法を探求している。  

「われわれの中の否定的性向(影の一面)は、それらに目をつむろうとしても、しっかりわれわれのものとしてとどまり、恐怖、抑圧、不安といった神経症的な症候となってわれわれを悩ませるのである。意識から切り離された否定的性向は、自然に備わった均衡を失い、脅威的な様相をされけ出す。悪というものは、それと友達になることによってのみおとなしくさせることができるのであって、疎外すると、火に油をそそぐようなものである。統合されると、悪は穏やかなものとなり、投影されると非常に悪意に満ちたものになる。」

これ考え方自体は、目新しい考え方ではないが、否定的な感情を抑圧するのではなく、意識的・自覚的に味わい尽くすというのは、いつでもひとりでも出来ること。ある人物への否定的な感情を、ひとりで徹底的に表現しきって味わってみると、それが自分に統合されていく。 シンプルだが、その通りだと思う。実は、ある人物にこれをやったら、確かにその通りだと実感できた。

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アートマンプロジェクト

◆『アートマンプロジェクト―精神発達のトランスパーソナル理論

本書は、発達心理学的な見地から意識のスペクトル理論(ウィルバーによる、人間の心の成長、意識の進化を段階的に表したモデル図)を捉えなおしている。発達心理学的な段階を追って「意識の初歩的根源」、「テュポーン的自己」、「メンバーシップの自己」、「心的―自我的領域」、ケンタウロスの領域」‥‥と記述を進めていく。

本書のタイトル「アートマン・プロジェクト」の意味は次のようなものである。私たちは、は、自分の本来の性質が無限かつ永遠の全者および全体であることを多かれ少なかれ直感的に知っている。私たちの存在の基底はスピリットに他ならない。万物は、そして人間もこの認識を顕現させる方向に突き動かされる。

人間は何よりもまず真の超越を欲するが しかし同時に超越を恐れる。なぜなら、超越はみずからの孤立し、分離した自己感覚の「死」を伴うからだ。分離した自己は、その死を受け入れることを恐れるがゆえ、実際には超越を妨げ、象徴的な代用を強要する方法をとおして超越を捜し求めるのである。

私たちは、スピリットを、その発見を妨げるような仕方で仕方なく探し求める。何か、かわりに満足させてくれるようなものに落ち着こうとする。その代用とは、セックス、食物、お金、名声、知識、権力などさまざまであるが、すべては結局、〈全体性〉への真の解放の代用にすぎない。そして代替物は、私たちをこの呪われた時間と恐怖、空間と死、罪と疎外、孤独とかすかな慰安の世界に閉じ込めてしまう。

すなわち私たちは、スピリットを時間の世界に求める。神性の自己認識に至る前には、まさにその覚醒・認識をわざわざ妨害するような方法でスピリットを求める。しかし、スピリットはタイム−レスである。従って時間の世界に見つけることはできない。スピリットは、対象ではないがゆえ、それを怒りと輪廻の世界に見つけることはできない。

アートマン・プロジェクトとは、スピリットをその発見を妨げるような仕方で、代替物に満足に落ち着かせようとするプロジェクトである。この顕現された世界の全構造は、アートマン・プロジェクトで動かされている。これが本書のタイトルの意味であり、主題のひとつである。

ところでウィルバーの方法は、様々な思想流派が語るところを部分真理とみなして、それらを総合し、全体的な見取り図を描くということである。その統合的な方法は、ここでも見事に生かされており、とくに超個や超意識の領域でのその成果は、瞑想や精神世界に関心を持つものが、かならず参照しておく必要があるものと感じた。

たとえば、著者は次のようにいう、「‥‥超個や超意識の領域は、実際に、いくつかの異なったレベルに別れている(下位微細と上位微細、下位元因と上位元因など)。これらの区別をすべて自覚している宗教はほとんどなく、だいたいは一つか二つのレベルを「専門」とする。」209頁

もし、上に述べられたことが事実で、個々の瞑想の流派が、ある特定のレベルに対応するのだとすれば、ウィルバーの見取り図を文字通り受け止めるのではないにせよ、それを参考にすることは計り知れない意味をもつ。いままでは全体の「見取り図」すらなかったのだから、そこに説得力のある「見取り図」が導入されたことが、森の中の歩行に迷う私たちにどれほどに大きな援助となることか。

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昏睡状態の人と対話する

◆『昏睡状態の人と対話する―プロセス指向心理学の新たな試み (NHKブックス)』◆

この本は、おそらくミンデルの本の中でいちばん平易で読みやすいものの一つだ。 ミンデルが創始したプロセス指向心理学は、個人療法、家族療法、集団療法などに適用されると同時に、コーマワークとしても新たな展開を見せている。コーマとは昏睡状態、コーマワークとは昏睡状態の人とのワークを意味する。この本は、コー マワークという特異で独創的なワークの視点からのミンデル世界への入門と考えてもよい。

昏睡状態の人と対話などできないという常識にがんじがらめになっていた医師やセラピスト、その他多くの人々を驚愕させる成果の積み重ね。これまで誰もなしえなかった対話を可能にした驚くべき才能と独創性。その成果を基礎にした説得力。

しかも、その対話や実践的な成果から自ずと明らかになるのは、肉体を超えた魂の永遠性や、肉体の死に直面しつつそれを乗り越えて成長する精神の感動的なあり方なのだ。昏睡状態の人と対話をするという、きわめて具体的な実践を踏み外さず、その視点からのみ語りつつ、とてつもなく深い精神の世界を語っているのに驚く。 その実践に基礎付けられた事実の重みがこの本に、他に類を見ない価値を与えてい る。

昏睡状態にあった魂が、肉体に閉じ込められた視点から認知する「現実」を超えて、はかり知れない精神の世界へ飛び立とうとする。そのとき、愛、自由、癒しといった偉大な課題を成し遂げていく様が、ミンデルとの感動的なワークを通して明らかになってく。昏睡状態は「閉じられたアイデンティティから、より大いなる命に向けての自由を生み出すための歓喜に満ちた最後のダンスの試みであるかもしれない」とミンデルは捉えるのだ。

彼は、「旅の道のりは、しばしばトランス状態や昏睡状態といった影の部分をさまよい、通り過ぎる」とも言う。旅とは、もちろん大いなる命へ向けての旅だ。その旅の道のりにおいて昏睡状態は、しばしば積極的な意味を持つ。「命に関わる病気が死のきわで表す症状は、光明につながる道なのだ。身体から発信されるシグナ ルは、それがいつ現われるかに関わりなく、自覚を捜し求める夢なのである。」

身体のどのようなシグナルが、「自覚を探し求める夢」としてどのようにミンデ ルに受止められ、どのように応答されていくかは、ぜひ本をとって確かめていただきたい。ここではミンデルの次のような言葉を紹介するに留めよう。

「私が出会った昏睡状態になった人々は脳の構造上深刻なダメージを受けた人以外は、全員目を覚まし、パワフルな体験を言葉で語ってくれた。脳にひどい外傷的なダメージをこうむった人ですら、プロセスワークに対して非言語的な合図によって肯定的に反応した。一方、脳にひどい損傷を負っていない人々は目を覚まし、未解決の愛や学ぶべきテーマを完了させた」

この本でもう一つ興味深いのは、ミンデルの他の本には見られない、霊的な世界についてのかなり踏み込んだ発言も見られる点だ。 たとえば、「死に瀕した人々の多くがベッドに横たわりながら、同時によその町中を歩き回るという体験を私にきかせてくれた。私はこのようなケースから、人間の意識は肉体の外に飛び出すこともあり得ると考えるようになった」等々の発言。 いずれにせよ、ミンデルのコーマワークが、以上のような生命観をもとに実践され、またコーマワークの実践が、このような生命観を育んでいったのだということを忘れてはならない。

ミンデルは最後の章を「脳死と死の倫理学」にあてている。最近のニュースでも長い昏睡状態から目覚めた事例があったが、昏睡状態での体験を味わい尽くした後で、自らの決心で息を吹き返す人もいるのだ。持続的な植物状態においてさえ、脳と精神が同一とはいえないと彼はいう。そのような状態でも患者と対話ができるのであれば、死の判定を、家族や医師にまかせてしまっていいのだろうか。「生と死」 は、瞬間毎に当人によってのみ定義され得る」というのがミンデルの主張である。

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完全なる人間−魂のめざすもの

◆『完全なる人間―魂のめざすもの』アブラハム・H・ マスロー著・上田吉一訳(誠心書房)

私はこの本を三度ほど読だが、その度に勇気づけられる思いだった。論文であるにもかか わらず、人間にはこのような精神の可能性があるのかと、読む度に感動させられた。  

彼はロジャーズと並んで人間性心理学の創始者であるが、この書の中にはすでに後に出現 するトランスパーソナル心理学の萌芽も確認できる。

マスローによれば、人間は心理的な健康に向かって成長しようとする強い内的傾向を持っ ている。そうした可能性を完全に実現し、人格的に成熟し、到達しうる最高の状態へ達した と思われる人々のことを、彼は「自己実現した人間」と呼んだ。

彼は、たとえばアインシュタイン、シュバイツァー、マルティン・ブーバー、鈴木大拙、 ベンジャミン・フランクリン等の著名人を含む、多くの自己実現したと思われる人々を研 究した。その結果、 高度に成熟し、自己実現した人々の生活上の動機や認知のあり方が、 大多数の平均的な人々の日常的なそれとはっきりとした違いを示していることに気づいた。 彼は、そうした自己実現人の認識のあり方をB認識と呼んで、その特徴を列挙する。

彼はまた、ごく少数の「自己実現した人間」の研究だけでなく、平均人の一時的な自己実 現とでもいうべき「至高体験」の研究をも同時に行った。 両者を比較して論ずることで研 究全体を学問的に説得力のあるものにしたのである。

「至高体験」とは、個人として経験しうる「最高」、「絶頂=ピーク」の瞬間の体験。 それは、ちょっとした日常的交流のなかでも、深い愛情の実感やエクスタシーのなかでも、 芸術的な創造活動や素晴らしい仕事を完成させたときの充実感のなかでも体験される。一人の人間の人生の最高の瞬間であると同時に、その魂のもっとも深い部分を震撼させ、その 人間を一変させるような大きな影響力を秘めた体験で、予想以上に多くの人がこういう体験をもっている。   

至高体験の特徴をもなすB認識のあり方について、マスローの詳細にな論述を追うこと自 体が、人間の精神の最高度の可能性を指し示され、勇気づけられる結果になる。そんな魅力 に満ちた本だ。

第2版では,「人間の成長や自己実現の研究を深めるため、より高い立場からみた「悪」 の心理学の必要性を強調している」とのこと。 私は、自分のサイトの「覚醒・至高体験事例集」を作るにあたり、マスローの研究に大き な影響をうけている。その点を「覚醒・至高体験とは?」という一文にしてサイトに掲載しているので合わせご覧いただきたい。
 
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影の現象学

◆『影の現象学 (講談社学術文庫)』河合隼雄

私が手元にあるのは1976年に思索社から出版されたものだが、今では講談社学術文庫で手に入る。数多い河合の著書の中でも代表的なものの一つだろう。ユングの 「影」の概念を中心にしてユング心理学の世界が語られ、「影」という視点からのユング心理学へのよき案内ともなっている。

自我は、まとまりのある統一体として自らを把握している。しかし、まとまりをもつためには、それと相容れない傾向は抑圧される。その生きられなかった半面が、その人の影である。ただ、影の概念は多義的であり、狭義には、夢に現れてくる人物像で、夢を見た人と同性のものを影、異性のものをアニマ(男性の夢の中の女性像)、アニムス(女性の夢の中の男性像)と区別することもある。

影は、もちろんすべての人間が背負い、その大きさや濃淡、影響力を変化されながら人生の歩みに付き添ってくる。それは、しばしば意識を裏切り、自我の意図とは逆の方向に作用する。自分の影につき動かされて行動し、自らの破滅を防ぎきれないことすらありうる。

ときに影は、個人だけではなく、人間関係や集団の動向にとってもきわめて大きな力をもつ。 個人に影が存在するように、人々が集団をなし、共通の理想や共通の感情によってまとまるとき、そのような自覚的な共同幻想からはみ出す部分は影となるのである。 集団の影を背負う人は、予言者、詩人、神経症、犯罪者になるか、あるいは一挙に影の反逆に成功して独裁者になるか、何らかの異常性を強いられるという。誰が選ばれるにせよ、そこには運命としか呼びようのない抗しがたい力が働く。

集団の影が、その集団自身に反逆するだけならまだしも、その巨大な影を外部に投影して破壊的な行動をとるとき、どんな悲劇が生まれるか。しかし、現実には、そのような集団の抑圧された破壊的なエネルギーが、悲惨な結果を積み重ねてきたのが、現実の歴史だろう。ユングは、たとえばナチスの動きをキリスト文明の影の顕現と見ていたという。私は最近、集団にとっての影というテーマにとくに強い関心 をもっている。

影は、自我に受け入れられなかったものであり、元来は悪と同義ではない。しかし、 創造性の次元が深くなるにつれて、それに相応して影も深くなり、普遍的な影に接近すると、悪の様相をおびることもある。自己実現の要請は必然的に影の介入をもたらし、それは社会的な一般通念や規範と反するという意味で、悪といわれるものに近接するのである。その時に、社会的通念に従って片方を抑圧しきるのでもなく、 また、影の力を一方的に噴出せしめるのでもない。あくまでも両者を否定することなく、そこに調和が到るのを「待つ」ことが大切だという。

影の得体の知れない奥深さ、不思議さと豊かさ、そして恐ろしさ。この本からは影のそうした多様な姿が伝わってくる。ただ単に抑圧されたものを解放すれば覚りにいたるというほど、ことは生易しくはないのだろう。 神話や説話、文学作品、河合が接した事例や、報告された夢などの具体例に触れながら、ユングの元型論をベースに「影」をめぐる考察が豊かに展開される。影の創造性、善と悪の関係、影の存在の無限の広がりが示唆されて、私たちの心の深層の不思議さを強く印象づける本である。
 
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サブリミナル・マインド

◆『サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ (中公新書)』下條信輔(中央公論新社)

1520年、世界周航をめざすマゼランとその一行が、南米最南端のフエゴ島に到達したときのこと。マゼラン一行は上陸のために、自分たちの大型船四隻を島 の湾内 一時停泊させた。何世紀もカヌーだけで生活してきた島民たちは驚きの目で上陸してきた彼らを見た。  

しかし、マゼラン一行がどのようにしてやって来たのか、島民たちはまったくわからなかった。なぜなら、フエゴ島の人々の目には湾に錨をおろしている大型のスペイン帆船の船団が映らなかったからだ。島民の目には、大型船団に視界を遮られることなく、いつもと同じように、湾の向こうにのびる水平線が見えていた。 これはその後、何度目かのフエゴ島再訪の際、島民たちがマゼラン一行に語ったことからわかったという。彼らの頭のなかの枠組に大型帆船のイメージがなかったため、 目には映っていても、その映像を脳が拒否し、見れども見えなかったのである。 (濱野恵一著 『インナー・ブレイン―あなたの脳の精神世界』)

この話は、サイト「臨死体験・気功・瞑想」の中の小論(「覚醒・至高体験とは」) でも紹介した。『サブリミナル・マインド』には、こうしたエピソードを裏付ける ような実験例が載っている。 知覚心理学では、タブー語を瞬間呈示すると、無意識裡に抑制されて、主観的には「見えない」という実験が報告されているのだ。タブー語とは、観察者本人にとって強い不快感や羞恥心をもたらすことば、たとえば性的なスラングとか、ユダヤ人にとってのハーケンクロイツなどである。無意識的な認知プロセスが働いてタブー的な語をあらかじめ選別し、知覚意識に昇るのを抑える「知覚的防衛」が働くらしい。フエゴ島の人々には、まさに同様の「知覚的防衛」が働いたのであろう。  

この本は、こうした様々な「潜在的な認知過程」を豊富なデータに基づいて論じる。「潜在的な認知過程」というと精神分析学や深層心理学でいう「無意識」を連想するかも知れないが、この本で扱う「潜在的過程」は、それよりもはるかに広い射程をもち、行動・認知・神経科学的な過程を含む。それらの各分野において、フ ロイトの時代よりどれほど多様で豊富で説得力のあるデータが蓄積されているかが、読み進むにつれていやというほど分かる本だ。  

人は自分で思っているほど自分の行動の動機を分かっていない。自覚がないままに意志決定をし、自分の行動の本当の理由には気づかない。「認知過程の潜在性・ 自働性」がデータの上でますます強力に実証される。そうした事実は、確かに人間 の意志決定の自由と責任に関する社会の約束ごとさえ脅かす。

しかし、だからから こそ瞑想に関心をもつものは、瞑想的によって深まる「自己覚知」によって、そう した「潜在的認知過程」からどれほど解放されるのか、自ら実践的に問い続けるべ きだと思った。
 
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生きる自信の心理学

◆『生きる自信の心理学―コスモス・セラピー入門 (PHP新書)』岡野守也(PHP新書)

この本は、入門的なハウトゥーものかなと購入を少し迷ったが、読んでたいへん面白かっ た。現代日本の教育の根源的な問題について非常に大切なメッセージがこめられた本だ。

前半は、「身体感覚をとり戻す」「自己能力感を確立する」「自己価値感を確立する」 「認め合う人間関係を作る」等の観点から、シンプルだがなるほどと感じさせるさまざまな ワークが紹介されている。

後半は、現代科学の宇宙論の視点から、宇宙には自己進化、自己組織化に向かう方向性が あり、その方向性の中にその一部として人間も存在するというコスモロジーを提示する。

近代科学の還元主義的な世界観を暗黙のうちに押し付ける現代日本の教育のあり方に対し、 自分の命の意味を納得できるような新たなコスモロジー教育の妥当なあり方を示したと言え よう。もちろん今、自信をもてない若者が読んで自分でワークをすれば自信が取り戻せるよう工夫 されて書かれており、むしろそのように読まれることを主眼としている。

著者が大学生に以下三つの質問をすると、
1)人間は死んだらどうなると思うか?⇒70〜90%が、死んだら無になる、灰になると答える。
2)自分がいちばん大切と思うか?⇒70〜90%が、ハイと答える。
3)自分に自信があるか?⇒70〜90%が、ないと答える。

つまり「自分がいちばん大事だ」と思っているが、「その自分は死んだら無になる」と思 っている。とうことは、自信をもちたいと思っても、その自分はやがて死んで無になるから 頼りにできない。これが現代の若者の自信のなさの一般的な構造だと著者はいう。

死ねば無に帰するという考え方の背景にあるのは、学校教育の暗黙の前提となっている 「物質還元主義科学」、すべてのものは物質的な要素に還元して理解されるという世界像だ。 人間の生命も死ねば、ばらばらな原子に還元されて無となる。これが唯一正しい真理であるかのように教えこまれる。  

「いちばん大事な自分も、死んで無になる」、つまり「最終的に意味がなくなる」、とい う究極の自信喪失=ニヒリズムが、現代日本人の心理の背後にあるというのが著者の推測であ る。

この分析は、構造的に的確だと感じる。かなり確かな事実だと思う。問題は、しかしどう すればよいのかということだ。近代科学的な世界観に対抗できる世界観=コスモロジーをどこに求めればよいのか。たとえそれがあったとして、宗教的なものにアレルギーをもつ公教育の現場で、どう教えればいいのか。

そこで著者が提示するのが、現代科学の最先端の成果をもちいて、ビッグバンから人類の 出現までの宇宙の進化を一貫した流れとして学習することである。そうすることで、コスモス・宇宙の進化は偶然の産物ではなく秩序と方向性がある、その方向性の中に私たちひとりひとりも生きていることを示すことだ。

ワークとしては、宇宙進化の壮大なドラマをイメージ豊かに感じ取るなどの練習が行われ、著者は全体としてこれらをコスモ・セラピーと名づける。その成果にはめざましいものがあるようで、自信がないといっていた参加者たちの90%が自信が湧いて来たと答えるそうだ。

これは、基本的ないくつかのワークを土台にし、「物質還元主義科学」の世界観をくつが えすような宇宙像を実感してもらうワークで、若者の心の中の構造的な自信喪失が克服される結果だろう。

宇宙進化の背後にある大いなる意図のようなものを現代科学の成果をもとにした体系的な 宇宙進化論を通して感じ取ってもらうというのがこの試みだ。私などは、物質還元主義 世界観を超える世界観の提示としては、今ひとつ物足りない。たとえば「死後」というよう な問題には立ち入らないところなど。

しかし、教育現場で宗教的なものに足を踏み込まずに、若者がニヒリズムを打ち破るため には、非常に有効な第一歩だと思った。

現代日本の教育にとってもっとも欠けている面、それゆれに若者の心を蝕んでいる問題を 克服するために、多くの人が受け入れやすい重要なメッセージと素晴らしい方法を提示した本だと思う。

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